06


今日は、仁王くんが東京に帰ってしまう日。間の抜けてしまうぐらい穏やかな日和で良かったと思う。
出発の時間の前に会えると言ってくれたから早めにいこうと家を出ようとしたら、呼び止められた。
珍しく休みなお母さんに。

「最近よく出かけているみたいだけどどこに行ってるの」
「学校だけど」
「そんなに用事はないって休みに入る前に言ってたじゃない」
「予定が変わったの」
「あの銀髪の子に会うために?」
「へ?」
「聞いたわよ。この前、夜遅くに里香が銀髪の不良と歩いてるって。
 お母さん、本当に恥かいたじゃない。あの子、誰?まさかあの子なの?」

険しい顔で詰め寄るお母さん。表情は怒っているけれどどこか恐れみたいなものを感じる。
……やっぱり。やっぱりお母さんはまだ仁王くんのことが嫌いなのか。
端から見れば怖いし、不良に見えるかもしれない。けれど全然、違うのに。
先入観なのかお母さんは初めてから仁王くんを悪い子と決めてかかっていた。それが私には悔しくて、悲しい。

「仁王くんは」
「やっぱり、あの子なのね!!どうやって会ったのよ!?」
「仁王くんは悪い人じゃない」
「里香は真面目なわりにどんくさいから騙されてるのよ。
 前から言ってるけれど、里香にはちゃんとした生活して欲しいの。
 変な子と一緒にいたら里香までそう思われるわ。ね?いい子だから」
「っ、お母さんには関係ない!いつもいつも決めかかって!!私の言葉に耳を貸してくれないじゃない!」

ついカッとなってまくし立てて家を飛び出す。
後ろから名前を呼ばれた、がむしゃらに走って気がつかないふりをした。
体力が無い私だからすぐに疲れはて足を止める。そして直ぐに後悔の念に襲われた。
言い過ぎたかも。お母さんが関係ないはずがないのに。それでも、やっぱりああも言われるのは嫌。
何を怖がることがあるのだ。仁王くんが私を連れ去ろうと恐れているなんて。
もう、そんなことはないと言うのに。

とぼとぼと歩きながらもきちんと目的地に向かう。仁王くんとの待ち合わせ場所は最初に会ったあの桜の所。
もう花びらはほとんど散ってしまい、代わりにふくふくとした新緑が眩しく輝いている。
まだ仁王くんの姿が見えないのにをいい事にしゃがんで目を伏せた。
春が、終わりを告げようとしている。

「白川」

上から声が落ちてきて、顔をあげた。
仁王くんはちょうど太陽を背にしていて、眩しさに目を細める。
けれど、眩しいのは太陽なんかより仁王くんではないだろうか。

「何しとる」
「あぁ、ちょっと疲れちゃって」
「俺に会いたくて走りでもしたんか?」
「うーん、そんな感じかなぁ……」
「曖昧なんね」

間違ってはいないけれど、合ってもないので仕方ない。それこそ曖昧に笑い、立ち上がる。

「そんなに長くは居られんじゃけど」
「解ってる。時間がないのに来てくれてありがとう」
「や、……俺も白川に会いたかったしな。けど、どうしたん?なんか元気なさそうなり」
「そりゃ、仁王くんが帰るから」
「そういう種類の元気のなさじゃなか」

仁王くんにはお見通しということか。私が隠し事が下手なのか、仁王くんが聡すぎるのか。

「白川はこっちが気がついてやらんと何もいわんからの。
 人一倍、観察してなきゃかなんな。それで。何があった?」

頭を撫でられて、その心地のよさに目をつぶる。
人の体温が心地いいと思ったのは仁王くんがやっぱり始めて教えてくれたこと。
仁王くんは優しくはあるけれど、容赦はないから。
無理矢理にはしないけれど、聞かないって選択肢はなくて。
諦めないからだろうか。諦め癖のある私にとって羨ましい限りだ。行動力もそこから来てるのだろう。

「お母さんにね、仁王くんと会ってた事がばれて」

何故か、隠し事をしていたみたいのような言い方。後ろめたいことはやっていないのに。
隠しては、いたのだろう。
仁王くんはそれにちょっと驚いた表情をした。大阪の人は地元どうしの絆がとても強いのだ。
それは時に頼りになるが今は鬱陶しいだけに感じる。

「そか。悪いことをしたの」
「……何に対して?」
「白川に最後に面倒事だけを押し付けて帰らせることになる」
「それは。私だって、仁王くんにこんな話を」

したくはなかった。別れる前には、何も気にかけることをないようにしたい。

「白川は反抗期なんてなさそうなり。親との喧嘩はなれんじゃろ」
「仁王くんは?」
「したした、めっちゃな。それに姉貴とか弟とかも。
 親だと手はでんが兄弟だ取っ組み合いの喧嘩もしょっちゅう」

兄弟がいない私にはわからない
。時々、姉とか、兄弟が欲しいと思わなくはなけれど、ないものねだりだというか。

「私、喧嘩というか何も言えなくてどことなく不穏な空気が流れて気まずくなっちゃうかも」
「らしすぎてなんも言えんの。……白川、大丈夫か?かえってこじれるかもしれんが……。
 俺も何か言おうか」
「え、い、いいよ。会わなくて済むならきっとそれがいいんだろうし。
 仁王くんにいつまでも頼ってはいられないから」
「頼らんやつがようゆう」

からかうような口調で仁王くんは言う。

「白川は優しいからの」

それは私のような人間にとっては苦ではない。多分、仁王くんにはまだ理解できない。
蜂蜜の中に砂糖を溶かし込む。
もしも誰かをひたすら甘やかして優しくすることができたのなら、自分は満たされるのだろうか。
だけど、そんなことは所詮夢。誰にでも優しいというのは時に無責任だ。
偽善をよしとできるとほど私は自分を偽れない。
そもそも私は私だけで手一杯で手に負えないから優しさを全体に振りまく余裕はない。
そしてそれに安堵している自分がいる。

「時間がないんじゃ。歩きながらでええ?」
「どこに行くの?」
「学校」
「うん……いいよ」

この前みたいに横に並んで歩き出す。
これ以上話しを掘り下げる気はないのか。その気遣いは純粋にありたがった。とりとめのない会話が続く。
四天宝寺は公立ゆえに困る程に遠くはないけれどそれでは私の家は他の人より遠い方だ。
私の家からさして遠くもないあの場所からもそう。
なのにあえてゆっくり歩いている。時間のないというわりにはそうなのだ。
行動の端々から滲みでる仁王くんの素直さはとても可愛らしい。

「何、思ってるのかばればれの表情なり。俺にそんな評価を下すやつなんてそうそうなか」
「そうかな?そう思ったからそういう評価をしただけで」
「白川のそういう所、純粋ゆえか時々、判断に悩むぜよ」
「そうだね、私はきっと純粋なだけじゃないと思う。それはきっと仁王くんにこそ似合うと思うな」

わからないと言う顔。
過ぎた好奇心は身を滅ぼすという。
けれど実際仁王くんの好奇心ときたら、そんな例えなどものともしない真っ直ぐさだ。
学校が近くなってきたと思うと校門の近くに人が固まっていた。遠くからでもわかるほど長身な人ばかりだ。
それで足を止めた。
仁王くんが止めたからだが、不思議に思って表情を伺う。
きっとここでお別れだ。仁王くんはテニス部のみんなに私を会わせたがらない。
独占欲かと思うがどうなのだろう。

「本当はな。あんまり白川には触らんようにしようと思ったんよ」

そう言いながらあの集団に背を向け、私と向き合う。

「触れたらまた離れた時に寂しくなるだけで、苦しくなるだけじゃって。俺も白川も。
 けどあっさりそんな事は覆してしもうたし……もうええかなって」

ふと視界が暗くなる。
……あ、ムスクの艶やな香り。

「また、な」

固まった私の頭をぽんと一撫でして去って行く。
遠くから絶叫する声がするけれどそれも頭の中を素通りしている。

ずるい。最後の最後でするんだから。それに、あの時と同じで。
とにかくずるいと言葉と込み上げてくる何とも言えない感情に襲われて一杯一杯だ。

遠ざかる仁王くんの背を見守るのがやっとで。
何か声に出したら引き止めそうで心の中でまたね、と呟く。
溢れだす涙が仁王くんお姿を遮る前に、真っ直ぐに歩く仁王くんを見つめる。
また、道はわかれた。私は私の。仁王くんは仁王くんの道を。
例え我侭だって貶されたって、願い続ける。また会える日が来ることを。
声は届く。きっと。仁王くんが仁王くんでいれば。
あふれだす涙。仁王くんの姿はもう見えない。
想う言葉は「ありがとう」だった。

諦めない。また絶対に会えるから。

春は終わった。
新しい一年が始まる。



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