01


 忘れられない人がいる。

 やわらかな銀の髪をした男の子。

 ちょっと意地悪だけど無限の世界を私に見せてくれた。

 顔も朧気にしか覚えていない。

 ただただ、あの銀の髪を覚えていた。





店頭に並ぶ物は、やわらかで色とりどりにいつの間にか変わっていた。
そんな小さな事まで季節が変わり初めている。
ふいに目についた白磁のマグカップ。光を反射して細くなった自分の顔が映る。
猫の柄が書かれているそれは自分の好みにピタと当てはまっていて。

「気に入ったん?」

他の商品を見ていた美羽ちゃんが隣に並んだ。その腕には袋がぶら下がっている。
視線に気づいたのか、ちょっと照れくさそうに微笑みを見せた。

「結局、買ってしもうた」

ガサリとした音に頬を緩ませている。
よっぽど気に入ったのだろう。中身はシルバーアクセサリー。
値がはっていたから散々、悩んでいたみたいなのだけど。

「可愛いいってゆうてもらえるかな」
「似合ってたし、大丈夫だよ」
「ならええんやけど」

最近、美羽ちゃんは可愛くなった。
相手の反応で一喜一憂している姿は、恋をしているんだなぁと。人事ながら思う。
わざわざ終業式があった今日を選んでまで明後日のデートにまで気を使ってしまうその健気さが可愛い。

「里香も気に入ったんなら買えばええやん」

少し悩んで、それでも買わないと決めていたから首を緩やかに横にふる。

「家にもマグカップはあるから。また今度、割れたりしたら買うよ」
「またそういう。欲、なさすぎなんよ里香は。
 買い物も私の付き合ってもらってばかりやし」

眉を顰めて不満そうにされてしまった。
美羽ちゃんが人差し指でカップの端を弾いた。カチンと固い無機質な音がする。
いつも付き合って貰っているから、つまらないのじゃないのかと。そう心配しているのかもしれない。
心配してくれるのは嬉しいけれど、なぜだか落ち着かない気分にさせられる。
それは、そう。
大きくなったのに昔のように頭を撫でられたような、そんな時の気分に似ている。

「見てるだけで楽しいから平気だよ」
「ほんまに?」

ウィンドウショッピングもまた楽しい。
これ以上は言い合いになってしまうだけ。
買い物も終わったから美羽ちゃんを促して店の外に出る。
太陽が一番高い位置にきていた。柔らかな光が扇状に降り注いで街は穏やかな空気に包まれている。
もうお昼だ。
飲食店を探す為に並んで歩きだす。

「里香にも彼氏いたらダブルデートできたのにな」
「彼氏はまだ欲しいって思わないかな」
「それって例の、里香の初恋の」

美羽ちゃんが言いたいのは彼の事だろう。
私がこの大阪に引っ越してくる前の話。
私がまだ小学四年生で。
転校生として冬にやってきた。
雪と共に。
それを連想させる銀色の髪をして。
水晶のように透き通る真っ直ぐな瞳が印象的で。
私が転校してしまったせいで別れてしまった。
今、彼はいったいどうしているだろうか。

「彼氏を無理矢理作れとは言わんけどな。
 けど、忘れた方が、いや、忘れんでも割り切った方がええんとちゃう?」

私の顔色を伺うように恐る恐ると言うような声音。
本当はそうした方がいいのかもしれない。それはわかってる。
けど。
そう思ってしまう自分がいて。

「……ごめん、言わん方がよかったな」
「あ、ち、違うの。嫌じゃないよ」

押し黙った事で勘違いされてしまった。手を振りながら誤解だと伝える。
そうなん?と首を傾げる美羽ちゃん。
その表情は安心したみたいで安堵する。

「だいぶ時間がたつのに忘れないから。不思議だなって自分でも思って」

ちょっと言い訳みたいになってしまって視線をずらした。
その先にはカップルが手を繋いで仲良さげに話している。幸せそうな顔。
私もそう思う人ができるのだろうか。
そばにいられるだけで嬉しくて楽しくて。どこにいても相手の事をつい考えてしまう。
そんな人に。
彼以外にそんな事ができる日なんて。
私には考えられない。

「初恋ってやっぱり特別だってゆうもんな。
 けどな、やっぱり何時までも引きずらんほうがええよ」
「引きずってはないよ」
「なら、ええんやけど。
 きつい言い方かもしれないけどな、お互いに連絡すら取ってないんやろ?
 忘れられとるかもしれないやん。
 そんなの、辛いだけや。だからさっさと新しい恋をした方がええ」

気遣いだってわかっているから曖昧に頷いた。
美羽ちゃんが心配しているような辛いものではないのだけど。
むしろ幸せで。
忘れられないのだ。
それに。

「里香はちょっとぼぉとしてるけど可愛いしな。
 作ろう思えばすぐに出来ると思う」
「そんな事ないよ。それに、好きになるような事がないだけ」

信じているのだと言えばなんと言うだろう。
別れ際にした約束を。
馬鹿みたいにまだ信じていると。
だって彼は私を悲しませるような嘘だけはしなかったから。

「あ、見て。蕾がもうあんなに膨らんどるよ」

示された枝の先には今にもはちきれそうなぐらいに膨らんだ蕾が。
咲くまでもう少し。
そうしたら本格的に季節の移り変わる。

「もう、春やなぁ」

感慨深げに呟いたその声は新しい季節へが心待ちにしているよう。
僅かに浮き足立っているように聞こえた。
春は心までもが軽くなるものだ。
麗らかな日が続くようにってきている。
一歩一歩、確実に近づいてくる春の息吹の音が聞こえてきそうなぐらいに。

「うん。もうすぐ春が来るね」

中学生最後の春が訪れようとしている。



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