17


黄色の玉が豪速球で飛び交う。動きは軽やかに関わらず力強い。
いっそ玉に意識があるのではないかと感じる程様々な動きを魅せる。
仕事があるので手を休めてはいけないのに時折見惚れてしまう。

「今日は行かなくてもええん?」

部活終了後に終わってない仕事を片していたら謙也くんに話しかけられた。

「終わってないの」
「いつも手際良いやんか。なんだか今日上の空な事多かった気ぃしたし」
「慣れなくて少し疲れちゃって……」

苦笑した後に、再び手を動かし始める。すると横から手が伸びてきて私が持っていたものを取り上げた。

「手伝うわ」

屈託のない笑顔。謙也くんこそ練習で疲れてるのに。
申し訳なくて断ったのにええから、なんて強引に作業を進めてしまう。

「自分に質問。ええ?」
「なに?」
「仁王ってどんな奴なん?」

一瞬止まる手。はわざとなのだろうか。あえて仁王くんの話をしているのだろうか。
白石くんとか小春ちゃんあたりは確信犯と思えるのだけれど……。
ドリンクの容器を洗う指先が嫌に冷える。ぎゅっと手を握るけれど、空気が歪んだような気がした。

「なんでそんな事を聞くの?」
「俺、仁王の事あんまり知らないんや。テニスの腕前とか詐欺師っちゅー二つ名とか悪名?なら聞くけどな」
「仁王くんはいい人だよ」
「ん、ま、判っとるで。それぐらい。白川が好きになる人ならそうだろうと思う、俺は」

思わず目を丸くする。今まではほとんどの人に彼とは合わないとか。悪い事に首を突っ込んでるとか。
そんな事ばかりだったから。
四天宝寺のテニス部の皆とかも口にしてないけれど応援してくれている。
美羽ちゃんとかも驚かれたけどそれだけ。
そう考えると大阪に来させられた理由は良くなかったけれど、大阪に来れて良かったと思う。

「それに一途に思われて幸せもんや、仁王は」
「……重くないかな、って時々思うけど」
「白川は控えめなぐらいんと思うけどなぁ」

どうだろう。私は仁王くんの事を凄いと思っている。けれど勝手に期待して落胆している私は醜いように思う。
周りで騒いでいるムーの群れの中の人達と対して変わらないと気がついて絶望のような気分になった。
仁王くんなら助けに来てくれる。見つけてくれる。勝手にそう期待してたのだ。
根拠のない自信がどこかにあった。
でも実際に勝手に居なくなったのは私。あそこにいるべき人間が校舎で閉じ込められてるなんて判るはずない。
なのに、来てくれなかった事に落ち込んでいる私に気がついて、自分の汚さに嫌気がさす。

「じゃ、仁王の何処に惹かれたん?」

……惹かれた所。最初はその瞳。時々遠くを眺め何かを探している姿を遠くで見ていた。
それからどんどん色々な物を発見して突き進める所。自分を貫ける強さ。
私は仁王くんに見せてもらえる世界が楽しくて仕方無くて。ずっと、隣で見ていられたらと願っている。
与えられてばかりで時々恐くなるけれど。お返しなんてできた試しがない。
仁王くんはそんな事ないと言う。その言葉に甘えている。

「色々、だよ」
「言葉に表せないってやつか。もうラブラブやな、俺照れるわ」

色々と思っても何も言えない私。なんだかんだ言って臆病なだけ。
ほら、だから仁王くんから「好き」の一言を引き出せずにいる。

「ラブラブ、かぁ……。どうだろう」
「違うん?」
「わからない。私なんかが一緒にいられるだけでも疑問なぐらいだから」
「そんな事ないよ思うで。白川が仁王の事めっちゃ好きやって伝わるから仁王も絶対にそうや!」

あ。と思う。なんでここに謙也くんが現れたのかわかった。
このタイミングで、この話題を振ってきたのはきっと白石くんとかの入れ知恵だ。
でなければ恋愛初心者で初な彼がこんなに恋愛話しなんてしないだろう。特に女の私には。
……最も。恋愛初心者は人の事を言えるわけではないけれど。

「……謙也くんは、真っ直ぐだね」

眩しいぐらい。嘘とか、謙也くんはつけないタイプだ。だからこそ、その言葉は率直で。
だからうだうだと考えてしまう私にでも素直に言葉が響く。

「ありがとう。少し元気でた。みんなにも心配かけちゃってごめんね」
「あー……。ばれたん?でも、好きでやっとるだけやし、俺なんて白石に言われた事やっただけやし」
「謙也くんだからこそできることもあるんだよ」

目をまんまるにしたと思うと照れたように俯いて髪を無造作にかく。
そこから覗く項までが真っ赤で笑ってしまう。

「笑うな!けど、まぁ。うん。仁王が白川のこと好きになった理由が解った気がするわ」

私から言わせれば謙也くんの方が、だ。彼女なんてその向日葵のような明るさがあればできると思う。
やっぱり照れ屋さんで初だからだからだろうか。けれどそこも魅力の一つだろうし。
謙也くんにはきっとそういう包容力がある人がお似合いなのだろう。

「じゃあ、さっさと仕事終わらせちゃおうか!」
「おう!」

先程までより明らかに動き始める手。謙也くんが振ってくる面白い話に笑いつつも仕事をこなしていく。
いつもよりは終了は遅かったけれど満足のいく仕事ができた。

「里香ちゃん!」

終わったの見計らったように小春ちゃんが携帯を持って駆け寄って来た。
そしてそのまま無言で携帯を押し付けてくる。いきなりで大人しく受け取ってしまって。
視線で出ることを促されておずおずと耳に当てた。

「も、もしもし」
「白川」

落ち着いた艶のある声に携帯を落とすかと思った。

「仁王、くん」

聞きたかったような。ないような。

「昨日何があったん?みんな心配しているなり」
「……何も」
「怒らないから言ってみんしゃい」
「本当に何もなかったよ。仁王くんが心配するほどではなくて。ちょっと疲れただけ」

仁王くんにはばればれだと思う。小春ちゃんにも小突かれた。けど言いたくない。
それを察したのか深々と溜め息をつく音が機械から漏れる。

「白川が無事ならええんじゃけど。一人で本当に辛くなったらきちんと言うこと」
「うん。……あ、ねぇ、仁王くん。なら聞いてもいい?」
「なん?」

本人に直接聞くのは勇気がいる。でもこの胸のつっかえを消すにはやっぱり仁王くんしかいない。

「私のいい所ってなに、かな。自分ではわからなくて」
「――白川は。鈍い。トロい。優柔不断でネガティブ」

事実だ。事実だけどグサリと突き刺さる。謙也くんのノリで言うとクリティカルヒット!という感じ。

「でも素直なり。良いことを真っ直ぐに受け止められる。人のいい所を見つけるのが得意」
「……、そう、かな。やっぱり自分ではわからないや」
「白川。何があったかは聞かんが、俺はそこまで優しい奴じゃない。
 どうとも思ってない奴にわざわざ手を回してやるほどお人好しでもないなり。
 例え長年の約束を守ってる健気な奴でも遠くからはるばる来てくれる奴でもじゃ。
 言ってる意味、わかるか?」

ああ、仁王くんは本当にお見通しだ。

「なぁ、白川」

仁王くんの声を聞くと無条件で落ち着く。

「世間はそんなに甘くもなく厳しいことも多いけど、世界は思ったより優しいぜよ」

なら、私は貴方の側に居続けてもいいですか。
貴方の笑顔の隣に私がいることを夢見ていいですか。

何度だって願う。
幾度だって祈る。

貴方の世界に私がいる事を。

遠く離れていようとも切れない繋がりが欲しい。
それがあれば何があろうとも私はこの思いを見失わずにすむのだから。

そして幾千の日を越えても会いにいく。

こんな事を言ったら貴方なら笑うだろうか。
晴れ渡る空の下。あの瞬間は鮮明に強烈に私の中に刻まれている。
淡い溶けてしまいそうなほどピンクの花びらを今でも大切に持っている、と。

見る度にわき上がる。
強く訴えってくる。

仁王くん。

貴方が愛おしい。



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