16


「ちょっと、いい?」

そう話しかけられたのはほとんど立海の部活が終わった頃であった。
見知らぬ。というか制服を借りて紛れているとはいえ他校生。
知らなくて当然だれけど、見知らぬ女の子が話しかけてきた。
そして見知らぬはずだからこそ私に何の用なのかさっぱりだ。わけもわからず首を傾げる。
すると彼女は少し苛立ったような表情を見せる。鈍くさいわね。そんな感じ。

「言っとくけど拒否権はないから。来て」

強めの言い方。少し苦手な話し方をする。そう言われると拒絶しにくいのだ。怖いから。
無条件でビクビクしてしまう。それが更に相手を苛立たせるのは解っているけれど、こればっかりは。
私の返事を待たずに歩き出す。その足は大股で何やら不機嫌そうだ。
勝手に場所を離れていいものかと思案していると、トロいと言われ腕を掴まれ無理矢理に歩かさかれる。
不機嫌なのはそれなりの理由があるはずだけれど何があったのだろう。
初対面の私が何かしでかしたとは思えないのだが。

校舎の中に入った時はさすがに驚いたけれどそこは仁王くん。
念の為にと上履きを鞄の中に入れておいてくれたのだ。
立海の校舎は凄そうとは思っていたけれど所詮は学校。ほぼ造りは同じ。
少しがっかりしてしまったのは横暴だろうか。
それでも広さは見た目どうり。初めは絶対に迷う気がする。覚えるのも一苦労そう。
思わず目移りしてしまいそうだけれど不審に思われるので我慢。
それにしても一体にどこに行くのだろう。けっこう歩いてるのに。

不躾にならない程度に彼女の背を見つめる。足は相変わらず淀みない。
歩く度に金、恐らくは染めたと思われる長い髪が揺れる。しゃんとした背筋はどこか気位を感じさせた。
相対した時はツンとした印象を受けたけれど、尖った唇とか。大きくて意思の強そうな瞳とか。
彼女はモテるのではないかと思う。勿論、そういう性格の人が好みならば、という前提はあるけれど。
ますますもって私とは縁がないタイプの人間だ。
かなり奥まった場所にきて、ようやく彼女が振り返る。

「話があるの。入って」

促されて、先に中に入る。物置。そんな印象の部屋であまり使われないのが伺える。
でもわざわざ場所を変えてまでの話なのだからここにつれてこられても納得はいくのだけれど。

「あの、それで話って」

彼女と向かい合おうとしたら、目と鼻の先で扉をピシャンと閉められてしまった。
戸惑う私に彼女は扉の向こう側であざ笑う。

「単刀直入に言うわ。あんたテニス部から離れなさい」
「え……?」
「とぼけてるんじゃないわよ。ワタシ達と敵対なんて考えないことね。その間抜けな頭で勝てるとでも?」

展開についていけない。私達?勝つ?いったい何の話し?

「そもそもあんた、仁王君とどんな関係なのよ」
「どんなって、し、知り合い。知り合いだよ!古い付き合いの……」

恋人、と言ってはいけないと本能に感じてぼやかした答えをする。
おまけに恋人って断言できる気がしない。
キスはそう思ってない相手にするものではない。優しくもしてくれる。それも壊れ物みたいに大切に。
けれど、一度も言葉を貰った事がなくて。だから時折不安になる。

「あと、名前。ワタシ達が調べても名前が解らなかったんだけど、あんた何年の何組?」

黙る。言えるわけないじゃないか。私は他校生だ!けれど自己防衛ととったのか対して追求もしてこなかった。
自分が有利な立場にいるからだろう。

「とにかく、テニス部に関わらないで」
「断ったら……?」

なぜテニス部にそう執着するのか。思えば春休みの時も凄かった。でもここまでするのか。
テニス部の人達がそれぞれ魅力的なのは事実だがそれにしても狂気じみている。
熱狂的を通り越してなんだか妄信的な何かを感じる。得体の知れないなにかを垣間みているのではないか。
背筋に汗がつたう。気がした。

「全面戦争よ。まず、最初はこれ」

彼女は鍵を私に見せた。何、と言われる前に予想がつく。
とっさの危機感に扉を開けようとするが、彼女に遮られてしまう。力の差がありすぎて無理だ。

「開けて!」
「大人しく従えば何もしないわ」

どうせ関西に戻るのだから頷けばいいものを、それをしたくなかった。
言葉は怖い。音に出して言うと縛られる。たった一度でも。それを私は身を以て体験している。
否定も肯定もしないでひたすら開けようとする私に痺れを切らしたのか鍵を閉める音が無情にもした。

「安心しなさい。夜になったら見回りの人が来るわ。これに懲りたらもう近づかない事ね」

そう彼女は歩きさってしまった。一度も振り返らずに。
鍵を閉められてしまったらもう開ける事は叶わない。窓はあるもののここは四階。飛び降りる事もできない。
ずるずると、座り込む。惨めで、情けなくて、膝を抱え込んだ。
夜まで一人でここにいる事になるなんて。みんなに心配をかけてしまう。

「大丈夫、大丈夫……」

言い聞かせる様に何度もつぶやく。出られないという可能性はない。それが救いだ。
餓死とかパニック起こして窓から飛び降りさせないようにとか。彼女の自己保身の為だとしても。


結局、解放されたのは最終下校時刻を越えてから。
真っ暗な教室の中で見上げる深い深い藍を見ていると心にぽっかりと穴が開くようで孤独で仕方無かった。
警備員さんをどうにかこうにか誤摩化し、とぼとぼと氷帝に戻って来た時にはたいそう心配された。

「こんな時間まで一体どうしたん?」

責めるでもなく優しい声音の白石くん。
感情を荒げずに聞ける所はさすが部長で遠山君の保護者なだけあると思う。
けれどもそれを素直に口にできるほど余裕もなく。ただ首を振った。

「なんでもないの。ちょっと立海内で迷子になっただけで……」
「仁王くんが心配しとったよ。探したけど見つからんって」

仁王くんという言葉に反応する。

「仁王君がどうしたん?喧嘩でもしたんか?」
「喧嘩なんて……。仁王くんは私にいつも優しいのに、なんで怒らなきゃいけないの?」

そう。仁王くんは、優しい。
いつも私なんかにはもったいないと思うぐらいに。
だから。
こんな独りよがりな思いなんて。
消えてなくなれ。



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