15


爽やかな空が広がっている。広々とした水色は開放感を心に与えてくれた。
たゆみきった糸のような空気は、平穏を感じ得ずにえない。
このような日和に体を動かすのはさぞかし気持ちいいことだろう。
昼下がりまではマネとしてお手伝い。それから跡部くんが立海まで送ってもらう。
少しだけ見学の後に日が落ちるぐらいまで雑談する。
仁王くんといられる時間なんてほんの僅か。けれどその僅かな時間でさえ愛おしい。
いや、僅かだから。大切なのだ。人はすぐに良くも悪くも慣れてしまう生き物なのだから。
きっと、そのほうがその大切さを、噛み締められる。

今日は珍しく二人ではなく立海レギュラーの人達と全員で談笑をしていた。
仁王くんと二人で話するのは楽しいけれどこうしているのも、結構好きだ。
仁王くんは私の事をいつも受け入れてくれる。するとなんだか特別になれた気がして、嬉しくなって。
甘えさせられ過ぎだと思うけれど、仁王くんのとびっきりを見ると全部、吹っ飛んでしまう。
優しいのに、少しだけ乱暴に頭を撫でる所。私に向けられる、甘い笑み。ふとした、仕草。
その全てに私はいつも心を囚われて、奪われてしまう。

けれど、それは私がいる時の仁王くん。人は接する相手によって態度は変えてしまうもの。
私の、知らない、仁王くん。私には、与えられない、感情。
そこにはほんのちょっとの嫉妬と、滅多に見れない事への、羨望。それから、たくさんの喜び。
まだ仁王くんの事を全部知り尽くせてない。まだ、仁王くんの事をたくさん知る事ができる。
人の全部を知る事なんてできない。したくないけれど、それでも知りたくなる。そんな不等号さ。この感情は。

「我が儘、なのかなぁ……」
「ほんっとだよな」

張りつめた声。映るのは赤い髪の彼。声と同じ表情の彼に身体をこわばらせた。
ずっと黙りっぱなしだった。声の緊張感からか、みんなの声もパタリとやんだ。

「合宿の宿に乗り込んで、今度は関東に来てうちに居座ってさ」

明らかに忌々しいといわんばかりだ。やっぱり怒っている。というか嫌われている。
端から見る赤髪くん、丸井くんは、フレンドリーで太陽みたいな笑顔を見せているのに。
原因は私。けれどそんな姿と、今の姿を見ると胸が痛む。人に嫌われるのはどんな事だって辛い。

「丸井」

口を開きかけて、耳に心地よい声が遮った。
合宿場所での仁王くんは相当怒っていたのを思い出す。同じ事を繰り返したら。
絶対にもう丸井君と仲良くできない。そういう予感がした。今にも咎めようとしている仁王くんの名を呼ぶ。
それだけで、察してくれる。それにこんなタイミングなのに嬉しくなって頬が緩みそうだ。
きゅっと引き締しめてきちんと丸井くんと向き合う。

「ごめんなさい」

頭を下げた。二人と、それ以外のテニス部の人達がどれほど長い付き合いか知らない。
けれど見ていればわかる。絆はどんなに鋭い刃にすら切れないと。
彼らから見ればきっと非常識な事しかしていない。怒るのは当然なのだ。怒る権利はあると思う。

「謝って欲しいわけじゃない」
「自分勝手な事はやっているとは、思う、から」

だからいつも受け入れてくれるか不安だ。でも僅かな時間でも、だからこそ、大切にしたい。
でもこうやって縁があったから他の人とも、と思う。その気持ちをうまく言い表せない。それがもどかしい。
こうやって様々の事を取り零してしまうのだろうか。できたはずの事までも。

勇気が欲しい。一歩踏み出すだけの。

どんな事があっても取り乱さず、凪いだ湖面のような。静かで、それでいて何ものにも負けない。

大人しい、なんて。いつも思っている事を言えないだけ。
本音をいうのは難しい。恐ろしい。自分の内側を暴露するものだから。
震える指先を、何かが当たった。見れば、仁王くんの手がほんの少しだけ、当たっていた。
本人は違う方向を見ているけれど。落ち着け、と言われている気がする。
あぁ。いつだって私を押してくれるのは仁王くんだ。

「僅かな時間だから大切なの。でも、それは仁王くんだけじゃなくて」

ぎゅっと手を握りしめる。

「丸井くんと、みんなと、仲良くなりたい」

声はみっともなく震えてしまっている。
見開かれたみんなの瞳。気持ちがきちんと伝わった事への安堵感と、どう返されるかの不安。

「それも我が儘、なのかな……」

あれもこれも、なんて追うなんて。そう思ってた。けど、そうじゃないって教えてくれたから。
やってみないとわからない。やる前から諦めてはいけないって。

「いや、それは我が間なんかじゃない」

冷静な声が返ってきた。柳くんだ。丸井くんの肩に手を置きながらも視線はこちらへと向けられていて。

「進もうとする事を我が儘だとは言ってはいけないだろう。なぁ、ブン太」

するとふてくされた顔をして表情でそっぽを向いてしまった。……やっぱり駄目なのだろうか。
しょんぼりと俯きかけた所で急に横からひっぱられて転びそうになる。それを誰かが受け止めた。

「……何しとるんじゃ、馬鹿也」
「え、スキンシップ?」

上から恍けた声。切原くんだ。一つ年下なのにすっぽりと腕に入ってしまっているのは嘆くことなのだろうか。

「最初はなんだよって思ってたけど、なんか、いい人っぽいし?仁王先輩の彼女とか興味あるし?」
「だからと言って白川を抱きしめる事は許さんぜよ」
「わー、仁王先輩、嫉妬?」
「違うわボケ。お前なんかのちんちくりんに白川は合わんぜよ。怪我したらどうするつもりじゃ」
「そんなミスしませんスから」

私を挟んでなされる応酬に目を丸くする。けど、だんだん可笑しくなってきて、笑えてきてしまった。
仁王くん、私に対してこんな事言わないし。人が違う。

「何、笑っとるんじゃ。……だいたい、白川!
 俺が抱きしめるといつもうろたえとる癖に、なんで大人しく捕まっとるぜよ!」

何故か、矛先がこちらに向いて慌てる。助けを求めて他のメンバーに目をやる。
面白がっている人。我関せず。無理だとお手上げもされてしまった。こんだけ人がいるのに無理とは……。
ぐいと仁王くんに引き寄せられ抱きしめられる。仁王くんの温もりを感じて慌てる。

「ほら、すぐうろたえる……」
「あ、う、仁王くん、は、特別だか、ら!」
「知っとる。耳まで真っ赤なり」

落ち込んだ声に慌てていったのに、からかわれていただけで羞恥心を煽られた。

「お前ら、暑いんだよぃ!離れろ!」

大声。それからべりっと仁王くんから離される。丸井くんが何故か髪と同じ顔色になっている。

「いちゃつくな鬱陶しい!やるなら外でやれ!」
「それは仁王くんに言ってもらわないと……」
「仁王!」
「赤也が悪い」
「なんでッスか!とばっちりスよ!」
「やっぱ、白川が、きちんと拒絶しろよな!仁王はいつまでもつけあがるんだからよ!」

あ。と。初めて名前を呼ばれた。
見ると憮然とした態度をしているが怒りの色は見えない。嬉しくて内心、頬を緩めた。

「仁王くん、丸井くんが虐める」
「白川を虐めるやつは俺が退治しないと、な。って事で、ブーンちゃーん」

私を話して丸井くんにのしかかり行く仁王くん。丸井くんの悲鳴。あっという間に騒然となってしまった。
二人のじゃれ合いみたいな喧嘩をみんなで観戦して。あっという間に親交は深まって。

「白川」

丸井くんとのじゃれあいを終えて仁王くんは私のもとに来た。

「お疲れさま」
「おう。……なぁ、白川」
「何?」
「今は僅かな時間しかいられんけど、一緒にいるのが普通になると、ええな」

そういう表情は晴れやかで、遠い先を見ているかのようだ。

「我が儘、とか白川は考えちょるけど、そんな贅沢もええもんぜよ」

僅かにしかいられないから、その大切さがわかる。普段側にあると忘れがちになってしまう。
けれど、当たり前になる。そんな贅沢。
願っても、罰はあたらないのではないか。
当たり前は作れるのだから。
ゆっくりと仁王くんの言葉に頷いた。



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