13


塩の匂いがする。潮風が髪の先をすいと攫う。見渡せば青い青い海が夕日の色で赤く染まっている。
そして少し先にあるのは古く威厳がある大きな学校。……立海。
ゴールデンウイーク初日。関東に来た私はすぐにその足で神奈川にきていた。
迷子になった遠山くんを探すためにバラバラになったら白石くんが。

「金ちゃんなら俺らが探すから白川さんは仁王くんに会いにいってええよ」

どうせ探すとかいいながら遊ぶ気満々なんやから、と肩をすくませて言ってくれたから。
言葉に甘えて来てみたのはいいけれど。
私立だと聞いていたからある程度覚悟してたけど予想以上にでかい。
気軽に中に入れない。受付に行っても仁王くんと親しいと証明できるものはなく。
約束を取り付けているわけではないから不審者扱いされても可笑しくない。
それに立海から少し離れた所で一人立ち尽くす現状も、十分不審者な気がしてならない。
仁王くんが下校してくるまで待つしかないのだろうか。
吐いた息が静寂の中を泡のように消えていく。日和は陽気で、優しい空気が包み込む。
少し前まで世界をピンク色に染めていた木々も、今では瑞々しい新緑を芽生えさせ輝いている。
春先の花冷えも訪れることもなく季節は一歩一歩確実に夏に近づいていた。

「あ……」

それでもぼけっと立っていて、時間がどのぐらいたったのかわからなかったけれど。
校門あたりに一つの集団が現れたのに言葉を漏らす。あの長身の集団は見た事がある。
よく目をこらすと面白そうに笑っている、仁王くんがいた。
あの赤髪くんが出したグーを軽やかに避ける。また何か、悪戯をしたのだろうか。

「仁王くーーーーーーーーーん!!」

思いっきり声を張り上げた。
会ってないと仁王くんの事を思いはしても案外平気なのに。
こう実際に見てしまうとたまらない気持ちが込み上げて私を支配する。
指の先からジンと痺れて、言葉にならない、理解もできない感情になんだか泣きそうになる。
名前を呼ばれた仁王くんはこちらを見た。
走る。走る。走る。
運動なんて得意じゃないからすぐに息は上がるし、そんなに速くもない。
それでも一秒でも早く仁王くんに近づくために。足が縺れそうになりながらも動かす。
駆ける。
仁王くんに抱きつくというよりはもはやタックルするように飛び込んだ。

「白川!?」

驚きの声。
そりゃそうだろう。大阪にいるはずの私がここにいるのだから。

「今度は、私が会いに来たよ」
「会いに来たよっ、てな……とんだびっくり箱じゃな」

呆れた声なのに私の頭にのっけられた頭は優しい。嫌がれてはいないとわかって嬉しい。
と、気づくとある事実。

「ところで、何時まで抱きついているんじゃ?」
「あ……うん。えっとね」

抱きついたのはいいのだけれど。思えば周りには、仁王くんの友人がいるわけで。
ダブルスのパートナーさんとか赤髪くんとか。

「我に返ると恥ずかしんだよ、ね」

人前で抱きつくのは恥ずかしい。この体制なら顔見えないし。
と、急に身体が浮くのを感じてへんな声を出してしまった。

「悪いけど俺、こいつと帰るなり」

シレッとした仁王くんの声。周りの人が動揺しているのが伝わる。
けどそれ以上に一番動揺しているのが私じゃないだろうか。
だって。この体制は。お姫様抱っこ。というものだから。

「に、仁王くん降ろして!」
「ん?だって恥ずかしいんじゃろ?」
「こっちの方がずっと恥ずかしい……」

そうか?といって急に離すものだから慌ててしがみつく。
仁王くんも支えてくれたけれど結局、体制は変わらない。
仁王くんが喉を振るわせるのが伝わる。
周りの人達の反応が気になってこっそりと仁王くんの肩越しにそっと伺う。
と、妙に大人びた人と視線とばっちりと合ってしまって再び伏せる。
もう諦めて仁王くんにまかせる事にしてしまおう。

何故かそのまま仁王くんのご自宅のお邪魔する事になってしまった。
その間に神奈川に来た理由とかを話して、近況報告もして。
仁王くんの部屋はなんというか中学生男子の部屋というには物が少なくて、整然としている。
そんな部屋でロッカーを漁る仁王くんをベッドに腰掛けて見守る。

「あった、あった。ほれ」

渡されたのは服。女物だ。というかこれは立海の制服だったような気がするのだけれど。

「罰ゲームで女装させる為に手に入れたなり。今度来る時はこれ着てれば学校に入りやすいじゃろ」
「でも部活で来てるからそんなに来れないよ」
「そこあたりは心配しなくてええぜよ。手を回しておく」
「え、でもサボりとか一人だけ抜けるとか」
「そんな事はさせんよ」

ならいいけれど、一体何をするつもりなのか。恐いような。でも、少しだけワクワクする。
あと他校の制服を着るというのはなんだかコスプレみたいで変な気分だ。
しげしげと制服を見ていると急に仁王くんが近づてきて、そのまま抱きしめられた。重みにベットに倒れ込む。

「に、仁王くん?」
「白川の事もっとちゃんと確かめたい」

呟かれた言葉にはっとする。春に仁王くんと会った時も似たような事を思った。
いつまでたっても信じられる気がしなくて。
同じことを思ってくれる。同じ思いでいる。共有することの嬉しさを私は知っているから。
そっと、仁王くんの背中に手を回す。
仁王くんの温もりに包まれて。
この瞬間を。ただただ、特別に思う。



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