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仁王君と行動を共にすると新しい事ばっかりで新鮮で、毎日驚きの連続だ。
例えば自転車の二人乗りとか、買い食いとか。テニスをしている所も見せてもらってちょっと教わったり。
絶対に私はやらない事ばっかりで、はらはらさせられっぱなしで。
尻込みするとにやりと笑ってどんどん進でしまう。手助けもよっぽど困った時しかしてくれないし。
仁王君は意地悪だ。
けれど本当に見捨てる事もしない。それで結局楽しくさせられるから憎めない。
悪戯みたいな無駄と言われればおしまいな知識もたくさん知って。
それまでの人生がつまらなかったっては言わないけれど……。
それでもこの仁王君といる時間が一番、無邪気でいられる気がする。

「ほら、白川。そこ、足ひっかけて」

唸り声をあげながら指示された通りに足をかけて、体を持ち上げる。
先に到着している仁王くんはじっと私を見ているだけだ。

「ほら、あともう少しなり。気ばりんしゃい」

あと少し。仁王くんの声に励まされ、さらに足を進める。

「う〜、ん……っと、こらしょ!!」

目的地に手を伸ばして、渾身の力を振り絞る。

「つ、ついたぁ〜……」

もう力付きて喜びの声すらあげられない。ぐったりとしている私の頭を仁王くんが撫でた。

「お疲れ様じゃ。ほら、しゃんとしんしゃい。見晴らし、最高ぜよ」

声につられきちんと座りなおす。
言葉にならない、とはこの事だろうか。
眼下に広がる美しさに目を丸くした。
町が、空が、世界が、橙色に染まっている。暖かくて、優しくて、どこか寂しい。
薔薇色の雲がのんびり浮かび、黒い鳥が遠くを飛んでいる。
そんな情景をこんなにはっきり見た事が、いったいあるだろうか。

「ここまで登ったかいはあるというものなり」
「う、うん。本当。すごい。すごいよ仁王くん」
「達成感もあって感動は一押しじゃろ」

初めての木登り。昔、男の子達がやっているのを見た事があるけど実践した事はない。
仁王くんに言われて恐る恐る、登った一番高い木の枝からの景色は格別に綺麗だ。
隣に座る仁王くんを見ると真っ白な雪みたいな肌も珊瑚色に色づいていた。
銀の髪も夏の終わりらしい少し冷たさをまとった風が揺らしながらキラキラと輝いている。
ついつい見惚れてしまうぐらい綺麗だ。

「どうしたん?俺の顔をそんなに見て」
「あ、ううん。何でもない。何でもないよ」

不思議そうな仁王くんに慌てて前を見直す。

「……ずっと、このまま見ていたいぐらい」
「ずっとはそのうち見飽きるだけぜよ。それに田舎の方はもっとすごか」

時折、仁王くんの口から出る田舎という言葉。
おじいちゃんの家らしくて、すごく郊外にあるらしい。そこで暫く暮らした時期もあったそうで。
仁王くんは何度も転勤を繰り返している。その度に、前にいた友人ともわかれる。
私達ぐらいの年齢は離れ離れになると連絡は殆どとれなくなて。
手紙とかもちょっとしたすれ違いで途絶えてしまえる。
だいいち手紙を書くなんて言って本当に出す人はいったいどれだけか。
その度に仁王くんは傷ついていたのだと、そう思う。
裏切りみたいな、そんな感覚なのだろう。

「田舎はどんなのなの?」
「もっと迫力がある。色も鮮やかじゃ。町は町の綺麗さもあるが自然の美しさは全然違う。
 夏とかはな、蝉が山が割れるんじゃないかってくらいわんわん鳴いてとる。それも色んな種類のが。
 よう聞いとると夕方しか鳴かないのもあるけど、朝からずっと鳴いてるのもあるんじゃ。
 夜は田んぼのカエルの大合唱なり」

想像してみる。
仁王くんが愛してるその、景色。私はこの町生まれで、他の景色なんてほとんど知らない。

「私も、見てみたいな。その景色」

仁王くんと一緒に。

「みせちゃる」
「え?」

思わず仁王君を見上げる。

「白川が、見た事ないもん、やった事ないもん、色々」

仁王くんの視線は変わらずに血よりもなお鮮やかな紅に視線を見つめてる。

「正直、白川がここまで俺の側から離れないとは思わなかったぜよ。
 白川が俺の事を嫌うとかはないとは思っとった。
 じゃが他の友達とか絶対に慣れない事とかで俺に付き合えんようになるって……思っとったよ」

慣れない事。それは私が望んだことで。
友達は、そう例えば智代ちゃんとか。私が仁王くんと仲良くなって利用されるとか言われた。
そんな事ない。そんな事、ないのに。

「なぁ」

それでも仁王くんは言葉を続けて私はそういうタイミングを失う。

「自分の意志を失う事ほど恐ろしい事ってないって思わん?」

急に何を言い出すのだろう。

「流されるままは楽なり。求められる事をやれば嫌われる心配はないけどな。
 けどそんなの機械と大差ないぜよ」

自分の事だと思って、動揺で、肩が跳ね上げる。

「……白川は、それが恐かったんじゃなか?」

そうだろうか。わからない。
自分の事だからよくわかる。けれど、自分自身の事だから逆にわからない事もある。

「白川はだから今の現状から逃げたかったんじゃよ、きっと。俺にはそう見えた」

いわゆる「いい子」で、手間のかからない子。家族の為になりたいって望んだのは私。
なのに私は色々な物を欲張りすぎてるのだ。
あっちもこっちも手に入れるなんて、そんな傲慢な。望んだとうりになったのに。
欲というのは、恐い。成長するのに欲は必要だ。けれどあり過ぎは身を滅ぼす。
私はたぶん自分自身に歯止めがきかなくて、落ちていきそうな気がする。
だから仕方無いと思ってたのだ。諦めた振りを、していた。
けれど、仁王くんを見ていて。
仁王くんは人にふりまわされなくて、純粋なまでに自分の気持ちに素直なんだと。思った。

「白川が新しい事とか見つけた時の顔、好きなんよ。だから」

見せちゃるよ。
ともう一回。

「見れる、かな。遠いんでしょ?」
「行ける。二人なら。どこまでも。どこにでも。行けるぜよ」
「……うん。そうだね」

私も、仁王くんと一緒に行ってみたい。
今は仁王くんに頼ってばっかりだけど、いつか。
仁王くんと並んで。
仁王くんとなら、きっとどこでもいける。
そう、思えたから。

「約束ね」

自然に頬がほころんだ。
何も保証はないけれど、幼い、純粋な子供のように。
ただただ、信じられた。

お互いに笑い合う。
心の中がぽかぽかして、ほっとして。
初めてのような感覚。


幸福ってこういう事を言うのかなって、心の片隅に思った。


けれど、仁王くんと一緒に居る事を快く思われなくて、そのせいで、別れ離れになるとは。
まだ。
当然、思いもしなかったのだけど。



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