ライブが始まる前の独特の空気が張り詰めたような緊張感。バックステージではスタッフやキャストが慌ただしく動いていて、次が出番の僕らはステージで必死に歌っている仲間達を静かに見守っている。
隣にいる柏木は小さく肩を震わせながらも固く口を閉じてステージを真剣に見つめていた。
いつもは何かある度に話しかけてくる天道ですらライブ直前は一言も言葉を発しない。
シン、とまるで3人だけ時間が止まったかのような、時折感じる静寂。
ライブ前のこの緊張感は嫌いではない。
目を閉じ次に歌う歌詞を頭のなかで繰り返していると地鳴りのような大きな音が会場全体に響いた。その音でHigh×Jokerが歌い終わったらしいことを悟る。
彼らがステージを下がっても歓声は鳴り止まない。
それに呼応するように胸が、より一層高鳴った。



"僕ら"の歌声を、想いをこの会場に届けなければならない。



いつから、そしてなぜだろうか。そのように思い始めたのは。

初めは僕一人で十分だと思っていた。なのに、煩いだけの邪魔な存在だと思っていた連中もいつの間にか隣にいることが当たり前になっていた。不思議と居心地は悪くない。
最初、3人の声質はバラバラだったしかしいつしか溶け合い、混ざり合うようになっていったのはとても気持ちが良いものだった。



思い返すだけでもたくさんの思い出が僕の心にはある。
僕は胸に手を当て深くこの空気感を取り込むように息を吸ってそっと吐き出し目を開ける。すると、

「行こうぜ。桜庭」

「行きましょう、薫さん」

緊張しているくせに僕の方を見て微笑みを浮かべる二人が目の前にいて。

「桜庭さん、天道さん、柏木さん…」

後ろには誰よりも緊張しているプロデューサーの姿が。

「君はそこで見ているだけでいい。何も心配する必要はない。必ず成功させてやる」

気づけば僕は声を発していた。

「桜庭の言う通りだ。最高のステージにしてみせるぜ。だからのこと見守ってろよ、プロデューサー!」

「プロデューサー、オレ達今までで一番のライブにしてみせます!」

「胸を張れ、堂々としていろ。君は僕らのプロデューサーだろう?」

「そう、ですね…。すみません、もっとしっかりしないと。始まってもいないのに皆さんの言葉で泣いちゃいそうです。」

プロデューサーはへへ、と目尻を人差し指の甲で拭いながら笑う。

「行ってらっしゃい、皆さん…!」

戻ってくるときは「ただいま」で。プロデューサーはそう言って僕ら一人一人の背中をそっと押した。

いつから、そしてなぜ…

今でははっきりと答えがある。
それは信じているからだ、
プロデューサーを、仲間を、ファンのことを。


歌おう。
完璧な歌声を届けよう。
会場にいるファン、そして来られなかったファン全員に。
誰よりも近くで見守っているプロデューサーに
すぐ隣にいる天道と柏木、袖で見ている仲間に。


暗転し会場が暗闇に包まれた。
歌いきった後の達成感と緊張から解き放たれた安心感、観客席からのエネルギーや熱気が一気に押し寄せてくるようで立っていることですら精一杯だった。
肩で息をするように上下させながらイヤーモニターを外した右耳からは割れんばかりの歓声が聞こえてきてその舞台に名残惜しさを感じる。ずっとその歓声に浸っていたい、と僕だけではなくきっと二人も思ったことだろう。
袖口に戻り、ようやくはっきりと天道と柏木の顔が見えた時、二人は汗を光らせ全てを出し切った様子で、しかし最高に良い笑顔を浮かべていた。
そして誰からともなく3人でハイタッチを交わす。

膝に手をつきながらゆっくり息をしていればプロデューサーが駆け寄ってくるのが見えた。
僕らは僅かに微笑んで、


「ただいま」


と小さく掠れた声で言葉を紡ぐ。



「おかえりなさい」



その優しく、しかし震えている声を聞いた瞬間、僕らは知った。
それぞれの自分の内に秘めた熱い想いを届けられたことを。


Because I believe…


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