12.Just the way you are | ナノ


track12: Just the way you are
 


 私のボーカルの歌があることをみなさん覚えておいでだろうか。



 そう、あれから英斗が何故か私が歌う用の曲をぽちぽち作るものだから、何曲か溜まってきて、何ならミュウだけのミニソロアルバムとか出してみたらどうだろうか、みたいなことをズン子……いや、順子さんが言い出した。
 ちょ、待って待って。やめて。だったらマイムジと抱き合わせとかにして! 絶対売れるわけないじゃんよー!

「枚数限定とかにすれば? 枚数気にしなくていいじゃない」
「順子さん……! それはちょっとあこぎな商売すぎでしょ!」
「いやでもマジで別にいけると思うんだけどなあ、俺ミュウの声好きだよ」
「刻生おおおお……」
「うんほんといいと思うよミュウの声! オレもだいすき!」
「お兄ちゃんの意見は聞いてない」
「ひどい! ミュウちゃん冷たい!」


「大丈夫。俺が保証する。絶対いいアルバムができる」


 英斗が一言そう言った。


 そうなのだ。マイムジはみんなで音楽を作ってるつもりだし、みんながみんなお互いを尊重しているし、仲もとてもいい(私とお兄ちゃんとか私と英斗とかはとりあえず脇に置いておいて)けど、結局、英斗なのだ。
 私以外のみんなが黙って頷く。



 そんなわけで、今までの4曲に、新たに3曲加えて7曲入りのミニアルバムが作られることになってしまった。





 英斗の作る女の子が主人公の曲は、これがまた意外と女子の心情をよくついてる。
 最初の曲は、ツンデレな暴言吐きまくりの女の子の歌だった。けど、サビではほんとは素直になりたいのになれないんだ、なんでなの、っていうかわいらしい悩みを訴えていて、私と同じ年代の女の子の共感をすごく得た。
 あとは、同級生を翻弄する無邪気なような小悪魔のような女の子とか、大人になりたくないようななりたいような、複雑な気持ちをもってる女の子とか、ほんと、歌ってても気持ちが思わずこもってしまうようなものばかり。英斗なんなの。女子なの。

 でも知ってる。英斗はいろんな女の子と付き合ってきたから、きっと女の子のことがわかるんだ。そりゃまあ20も越えてて、付き合ったことないわけないけれど……。






 それから数日後の夕方、我が家の地下スタジオで、新しく書き下ろした曲の軽い音合わせをすることになった。お兄ちゃんは機材を見に行っているし、刻生は来ていない。まあこれはソロプロジェクトなわけで、二人は必要ないんだけれど。

 英斗のデモを聴いて、それを覚えて、英斗のギターに合わせて歌っているとふいに音が止んだ。

「おい、チビ。なんだその歌い方」
「え?」
「前と違う。どした? 誰かの影響受けた?」
「え……」

 鋭い。実は数ヶ月前に歌番組で一緒になった『Supercalifragilistic Floccinaucinihilipilification』(スーパーカリフラジリスティック フロクシノーシナイヒリピリフィケーション)というバンドのボーカルのeimi(エイミ)さんの影響だったりする。ちなみにこの長ったらしいバンド名は「どうせすぐ音楽シーンから消えて忘れられるだろうからだったら最初から覚えてもらわなくていいと思ってわざと長ったらしい名前にした」という自虐的な気持ちでつけたらしいのだけれど、デビューして早数年、もちろんいまだに大人気である。しかしこのバンド名はほんとに音楽番組の司会者泣かせでもある。私も実はあやしいです。
 そのeimiさんはというと、すっごく気さくで優しくて、担当は違えど男3人の中の女一人っていうバンドの構成も一緒で、楽屋で話しかけてくれてちょっと話したらなんかすごく気が合って、それからとても可愛がってくれている。数日に1回はメッセージのやりとりとかもしているくらい。
 eimiさんの歌声は私と違ってなんていうか、しっとりしつつも甘く気負いすぎてなく、色っぽい。なんかいいなと思ってついついひっぱられて似たように歌っている自覚はあった。

 言いたくない気もしたけど、音楽に関して、英斗にごまかしはきかないし、ごまかすこともしたくない、プロとして。なので正直に打ち明けた。
「eimiさん……の影響、だと思う」
「エイミさん? ってスパフロの?」
「うん」
 英斗は納得、みたいな顔をして髪を掻いた。
「あー……、なるほど。お前ここんとこめっちゃ可愛がってもらってるもんな、eimiさんに」
「うん。eimiさんの歌声が好きなの」

 だって少女っぽいようで大人っぽくて色っぽくて……私が今いちばん欲しいものに近い気がしたんだもの。これは言わないけど。

「チビ、eimiさんて何歳(いくつ)か知ってる?」
「えっと……20代後半としか」
「そう、俺よりもいくつか上。あのなあ、eimiさんて正直百戦錬磨だぞ」
「ひゃくせんれんま?」
「そう。俺さあ、以前1度スパフロの人達と飲みに行ったことあんの。お前は帰っただろ、収録のあと。そんでさあ、もういっろいろ聞いたわけ武勇伝を。あの人なんも隠さないし。いやお前には隠してんのかもしんないけど。とにかくあの人はもういろーーーーーんなこと経験してきてんの。人間関係も男女関係もお前に言えないようなこといっぱい」
「だんじょかんけい……」
 なんだろう。気になるけど多分聞かない方がいい話だろう。私の年齢では。

「だからこその、ああいう詩の書き方、ああいう歌い方ってのがあるわけ。女というか人間の深みっていうの? お前がマネしても全くダメなんだよ」

 言われて落ち込む。そうだよね、調子に乗っちゃだめだ。私は歌がうまいわけではないだろう。人生も浅い。たまたまマイムジの中でこういう機会があっただけで、所詮その程度の歌声だ。

 俯いた私の頭の上から英斗の声が降って来る。
「コラコラ、何考えてんの。あのな、eimiさんにはeimiさんの、チビにはチビの声のよさがあるっつってんの。で、俺は今のチビを見て曲を作ってるし、今のチビの声を気に入ってんの」
「私の声のよさって……何よ」
 そうだなあ、と英斗は腕を組んで頭の後ろにやる。ついでに伸びをするように。
「よさっていうか、俺の気に入ってるところは……、高くってでもキンキンしてないところ。伸びやかで若芽みたいなところ。今の十代の年頃特有のきらきらしたところ。透明なところ」
 どこか空(くう)を見るような感じでぽんぽんと紡ぎ出す、私の声のよいところ。
「だからeimiさんのそう見えないようで実は手練手管たっぷりな女の歌い方してほしくない」

 率直に言われて顔が赤くなった。英斗に褒められることはないから。いや、ないことはない。音楽に関しては、英斗はちゃんと言葉を伝えてくるんだ。
 そうだ、人のまねしてどうすんの。私はeimiさんじゃない。まだまだちっぽけな10代女子で、世の中の知っていることなんてほんの一部だけ。そんな私が歌う歌に、それに共感してくれる人がいるはずだ。eimiさんのまねなんかしたら誰も聞いてくれないに違いない。

「ごめん……。あの、ちゃんとする。ちゃんと私の歌い方をする。だから、今日はちょっともういい? 少し頭冷やしてくるから」
「いいよ。わかってるだろ、今日のはいつもの事前の事前打ち合わせ。もともとお前の学校のイレギュラーとか考えて時間はちゃんととってあるんだからさ」
 そう、私の学業のことも優先的に考えてくれている。英斗に限ってじゃなく、マイムジに関わるみんなが。だから、だから私はきちんと、やらなくてはならないのだ。
「ん……ごめんいろいろ」
「あのさあ、きちんとやろうとか考えなくていいよ。自分をだめだなと思ったりそれでがんばろうと思ったり、そのままでいーの。むしろそれがネタなの」
「ネタって何よ」

 じろりと睨む。英斗は舌を出してギターを置いた。

「とりあえず歯ァ磨いて寝ようぜ」
「誰んちだよ。てかまだ20時前だよ」
「軸ももうすぐ帰ってくんだろ。いい弦あったかなあ」

 今日も英斗は泊まっていくらしい。もちろん兄の部屋に。


 私は隣の部屋の物音に耳を澄ましながら、寝ることになるだろう。

 ううん、でも今夜は、きっと自分の歌声を聴きながら……
















prev][contents][next









×