11.休日の過ごし方 | ナノ


track11: 休日の過ごし方
 


「すきです」
「…………」
「あの……。すきです。……あの? 刻生くん?」

 まったく思いもかけない告白から、俺と彼女は始まった。


  *


 彼女は同じ高校のひとつ後輩だったらしい。らしい、というのは俺は当時彼女のことは全く知らなかったからだ。彼女が高1のとき文化祭のライブでマイムジを知り、それから密かにファンだったという。俺たちが卒業したあとも友人と一緒にライブハウスに足を運んでくれていた。

 さすがに毎回ライブハウスに来るようになると顔も覚える。彼女と一緒に来る友人が英斗のファンだということで、ぐいぐい積極的な彼女に付き添って、ライブ後の打ち上げと称した、ファミレスでの飯──未成年だから居酒屋というわけにもいかず──にも顔を出していた。初めの頃はまだ彼女も高校生だったこともあり、途中で抜けて帰っていったが(幼いミュウも然り)。
 万事控えめ。英斗の隣に座る友人のその横に居るから、何となくやっぱり英斗が好きなのかな、友人の方がぐいぐい来てるからもっと頑張らないと、いやもしかして軸が好きだとか? などと勝手に思い込んでいた。

 上手いこと躱してたから英斗はその友人に気はないんだろう。ていうか英斗彼女いるしな。ま、その彼女もできたのは割と最近で元は英斗のファンだったから、もし彼女よりも早く動いていたらこっちの友人が英斗の彼女になったのかもしれない。
 英斗の好みはよくわからない。自分からがんがん追いかけない。気が付くと彼女がいて、気が付くと別れている。そんな感じだ。そもそも俺たちは以前ちょっと女でモメた一件以来、その手のことについてはもう無意識に干渉し合わないようにしているのだ。

 彼女──琴子と話すようになったのは何がきっかけだったのか。何回目かのメシでたまたま隣に座ってからか。恋人がいるにしても、知りたいかなと思い英斗の話をふるんだが、「刻生くんは何の食べ物が好きなんですか?」「刻生くんはどんな本を読むんですか?」と俺のことを聞いてくる。俺のことなんかいいのに。実際今まで英斗や軸目当てで最初に俺に近づく子もいなくはなかったから。気を遣える子なんだな、と好感度は上がったが。
 英斗に結局はっきりフラれてしまった友人がライブに来なくなっても、琴子は一人でやってきた。その頃には彼女は他のファンとも友達になっていて、相変わらず控えめに参加している。かなりの頻度で隣同士に座って、ぽつぽつと、いろんな話をした。


 そのうちにマイムジのデビューが決まる。
 お祝いムードの飲み会(そのときは成人していた)後、夜の路上でワイワイとしつつも解散の流れになったところで、琴子に呼び止められた。

「すきです」
「…………」
「あの……。すきです。あの、デビューとかしたら、マイムジはきっとすごく人気が出て、きっと私なんかもう話すこともなくなると思うんです。だからあの、その前に気持ちだけでも伝えておきたくて。迷惑だと思うんですが、あの、このまま忘れてくれて構わないんで……。……あの? あの、刻生くん?」

 彼女の突然の告白に頭が真っ白になって、目の前の彼女しか瞳に映っていなかったが、よく考えたら衆人環視の中での告白だった。英斗ら周りの人間がニヤけながら俺たちの傍を離れたことすら記憶にない。

 普段は穏やかなのにスティックを握るとすごく激しく熱くなるそのギャップが良いのだと、自分が小さいせいか大きい身体が頼もしく感じるのだと、こっちが照れるようなことをひどく真面目に語る彼女。
 英斗のことが好きなのだと思っていた。いや軸のことかもしれない、と。とにかく自分の可能性など1mmも思っていなかった。無意識に避けていたのだ。他の男を見ている子を好きになっても辛いだけだから。


 でももう、彼女の手を放す気になど、なれなかった。


 付き合うようになった直後にミュウが琴子をどうやってだか呼び出して、遊びじゃないのか本気なのか本当は英斗や軸が本命なんじゃないのかと詰め寄ったとのちに聞いた。
「マジで……」
 ごめんと謝る俺に琴子は
「なんで謝るんですか? ミュウちゃん大事なお兄さんに彼女ができて寂しかったり心配だったりしたんでしょう。でも私ちゃんと真剣に答えましたよ。大丈夫、ミュウちゃんとも仲良くなれるようにがんばりますから」
と俺の顔をまっすぐ見上げる。うん、琴子なら大丈夫だろう。
 
 でも実はさ。
 ごめんと言ったのはふたつの意味があったんだ。ひとつはもちろんミュウの失礼な行動に対してだけど、あとのひとつはそれをちょっと嬉しく思ったりしたこと。ミュウにとって、俺もちゃんと兄貴だったんだな、と思って。軸はホントの兄貴だし、英斗に対しての複雑かつ特別な感情も実は感じ取ってる。だから俺はそれ以下の三番手だと思ってたんだ。ミュウにも心の中で謝る。ちょっと卑屈になっててごめんな。

 そう、ミュウだってほんとはわかってる。琴子が真面目だってこと。真剣だってこと。
 俺の大事なお姫さまふたりは、そのうち笑顔で並んで立ってくれるはずだ。



***



「ズン子さーん、今日のインタビューってどこの雑誌だっけ」
「『mujimuji』。あと英斗、ズン子って呼ばないで」

 ズン子さん、もとい、順子さんはマイムジのマネージャーの女性だ。アラサー。だと思う多分。
 一度俺が噛んで『ズン子さん』と呼びかけて大爆笑をさらってから、英斗や軸はズン子さんと呼ぶ。本人はすごく嫌がっているが。申し訳ないことをした……。



「最近の休日はどんなことをして過ごしてますか?」

 最新アルバムの話題も終わり、日常系の質問が出た。まず英斗が答える。

「んー、何かほんっとつまんない答えかもしれないですけど、最近は家でもギターいじってますかね……。あとラクガキしたり……。何かすんません、つまんなくて」
「いえいえ、つまらなくないですよー。ますますアーティスト活動に磨きがかかってるってことで。でも英斗くん、以前はお友達と遊びに行くって答えてましたね。あ、以前のインタビュー読み返してきたんですよ」
 さすがのライターさん。俺、前は何て答えたっけ?
「友達は……まあ会いますけど、みんな社会人になって忙しくなってきたから。会社勤めしてるって聞くとちょっとやってみたかったよーな」
「へえ? スーツ着て営業に出たりとか?」
「そーっすね。あとはこうOLさんと夜の給湯室とか誰もいない会議室にシケこんだりして……いてっ!! おいチビすけっなんでお前今日そんなとんがった踵の靴履いてんだ!」
 ミュウが英斗の足を踏みつけたらしい。懲りない奴。
 まあいつものことなので気にも留めない軸が続ける。
「オレは買い物に行きますねー。付き合ってくれるならミュウと一緒に。でも最近こいつ全然一緒に出かけてくれないんスよ」
「最近ていうよりここ3年はほぼ出かけてないよね?」
「ミュウちゃん冷たい! ほんと冷たい! お兄ちゃん泣いちゃう!」
「泣けば? キモい」
「酷っ!」
 ミュウの冷たい(主に英斗と軸への)ツッコミはファンにもウケている。以前英斗が真剣にお笑いネタのような台本を書いてきてライブでミュウにやらせようとしていたっけ。拒否されてたけど。いや、台本なんかなくても音楽番組でそのまんまアドリブで普通にウケてると思う。

「私は友達と遊んだり買い物行ったりします。声? かけられそうになるとババッてみんなが囲って守ってくれます。すっごい頼もしい。ていうか軍隊みたいですごい笑っちゃう。小学校から一緒な子が多いので普通の人と変わりなく楽しく休日を過ごします」
「そのメンバーには男の子もいるの?」
「いたり、いなかったりかなあ……大勢のときは男の子もいます。女の子と2,3人で出かけるときもあります」
「なにっ! ヤローが一緒のときなんかあるのか! お兄ちゃん聞いてないヨ!」
「言ってないし。キモい」
「酷っ!」

 ひと通り騒いだあとに、俺の番だ。

「俺は……彼女と過ごします」

 俺がそう言った途端、メンバーみんなが固まった。ライターさんもちょっと固まった。
 英斗と軸は『いいのか?』って顔、ミュウはキラキラした瞳を向けた。そしてそのあと三人とも順子さんの顔を見た。俺は見なかった。が、ため息をつく音は聞こえた。

「俺、別にアイドルじゃないし。彼女のこと隠すつもりないし。わざわざ言いふらすことはしないけど、聞かれたから答えただけ」
 それに、メンバーの男衆の中じゃ一番人気はないだろうから。ショック受ける子なんかいないだろう。
 そう笑って言うと、ミュウが更に目をキラッキラに輝かせて身を乗り出した。

「そんなことない。刻生のこと好きな人いっぱいいると思うよ、ていうかいるよ! ファンレターだっていっぱい来てるじゃん! でも、琴ちゃんのことを話す刻生のこと、みんなもっと好きになると思う! ねっ、そう思うでしょ? ズ……順子さん!」
「…………」
 コトちゃんて言うんだ? ライターさんが優しい笑顔で聞く。そうです、琴子っていうんです。大人しいけどしっかりしていてマイムジの曲が大好きな優しい子です。あ、でも名前は出さないでくださいね。さすがに一般人なんで。
 順子さんはもう一息吐くと顔にかかった髪を退けた。
「まあいっか。英斗じゃないし。この歳で恋人の一人もいないのも不自然だしね。刻生はオープンにして好感度あげるか」
「ちょっとーズン子さん、俺は?」
「軸はまあどっちでもいいわ。ていうかどうせ今彼女いないでしょ? どうでもいいわ。あとズン子って呼ばないで」
「酷っ! もう、どいつもこいつも女は酷い! 俺もう英斗きゅんに走る!」
「ヤメロ」



 後日、俺の部屋で件の記事の載った雑誌を発見した。どうやら琴子が買ってきたらしい。琴子はキッチンで料理をしている。
「読んだ? これ」
 軽く雑誌を持ち上げて見せる。
「読んだ」
 答えるも、彼女の目線は手元のフライパン。
「よかった?」
「何が?」
「公表しても」
 彼女は炒め物を皿にざざっと空けながら言った。
「明日お休みでしょ? 何して過ごそうか」















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