10.my graduation | ナノ


track10: my graduation
 

 
 その日は、明け方まで雨が降っていた。
 起きて朝ごはんを食べる頃には日がサーッと差し、お母さんが「よかったねえ、せっかくの卒業式なんだし、やっぱりハレの日は晴れがいいよね!」と、忙しそうに寝室やら洗面所やらをかけまわる。

 そう、今日は小学校の卒業式。まあ小中一貫校なので、そのまままるっと中学校へ進むんだけどね。

 今年、いや今年度はゲキドーの一年だった。マイネムジクがメジャーデビューしたから。
 めっちゃくちゃブレイクしたわけじゃないけれど、人気アニメの主題歌に採用されて音楽番組もいくつか出たからたぶんそこそこは知られてると思う。
 確かに生活は変わったけれど、基本的に学校生活はそれほど変化なく過ごすことができた。それは、両親に学校の先生たち、事務所の人、そしてもちろんお兄ちゃんに刻生に英斗のおかげなんだってことはわかってる。

 早く、オトナになりたいな。
 みんなに守られたり、隠されたりするばかりじゃなく、きちんと一人の人間として、立ちたいな。そしたら……。


「そういえば、お兄ちゃんは?」
「出かけたよ」
「こんな朝早くから? なに? なんか仕事入ってたっけ?」

 大学在学中の我が兄であるが、しかしただいま春休み真っ最中である。なんで大学の春休みってあんなに長いんだろうね! そんなわけで大学の講義ではない。となると、今は確か彼女はいないはずだし、こんな朝っぱらから出かけるなんて仕事ぐらいしか思いつかない。でも仕事なら私だって関係あるはずだし。学校を優先されて外される仕事もあるけど、それでもマイムジとしてのスケジュールはきちんと理解しているつもりだ。

「さあ? まあいいじゃないの軸なんか。とにかく今日はミュウの大事な日でしょ! さあさっさと食べて支度支度!」

 お母さんにせかされて、残りのコーンスープを一気に飲んだ。


 卒業式は順調に進む。練習のときは眠いばかりだったけれど、さすがに本番はそうもならず、いくら隣の校舎に移るだけだと思っていても「最後なんだなー」とかしんみり感じた。
 卒業証書をもらって、“呼びかけ”をやって(練習が苦痛だったけど、いざやるとじんわりきた)、あとは校歌斉唱と閉会の言葉となったとき。
 舞台の幕がするすると降りてきた。たくさん飾られてた花や、校長先生が話す台や、後ろの真ん中にでかでかと掲げられてた『卒業おめでとう』なんて書かれてるつり看板なんかも全部見えなくなった。
 あれ? なんでもう幕下げちゃうの? 早くない?
 一瞬ざわっとしたけれど、すぐにピアノの伴奏が響いてそのままみんなで校歌を歌う。

 そして、最後の閉会の言葉になるはずが。
 副校長先生が「本日は特別に卒業生のみなさんのお祝いにきてくださった方がおります」と言い出した。

 そんなの前に貼ってあるプログラムには書いてないし、練習でもなかった。
 ざわざわざわ。私たちは「え?」「なに?」とお互いの顔を見合う。
 そしていきなり暗くなる照明。ざわざわがさらに大きくなる。



「卒業、おーめーでーとーうー!!」



 響くマイク越しの声。
 それだけで、私はここにいる何も知らない人間の中で誰よりも早く事態を理解したと思う。

 再び開いた幕の向こうには、私のよく知っている人が3人、楽器を掲げてそこにいた。

「マイムジだあ!!」
「ええっ! ほんとだ!!」
「マジで!?」

 みんな私のことはそりゃ知っていても、英斗たちと会うことなんかもちろんないわけで、もう大コーフン。お母さんたちの席からもわーきゃー言う声が聞こえてきたけど、英斗が構わずに言う。

「みんな、卒業おめでとう! 4月からは中学生だな! 勉強もスポーツもそこそこがんばれ、酒やタバコはまだまだダメだぞ! あと好きな子はいじめないこと! 好きじゃない子もいじめないこと! そんなわけで、お祝いにマイネジクが曲を届けます!」

 なんて言いぐさだ。
 でもみんなはドッと笑って、そして英斗たちが始めた曲が例のアニメの曲だったのでみんな一緒に歌いだした。そうだ、このアニメは冒険ものでこれから待ち受けるさまざまなことに向かっていく歌なのだ。冗談みたいにぴったりじゃないか。
 こんなことをこそこそと準備していたのか。道理で朝からお兄ちゃんがいないはずだ。まったく……。

 アニメの主題歌が終わったところで、友達が「ミュウ、舞台にいかないの?」と私に訊いた。周りも、そうだよ、ミュウもいきなよ、演奏してよ、とみんなが言いだして前に押し出されそうになったところで、また英斗がマイクを握った。

「あのね、今日はそこのミュウはマイムジのミュウじゃないんです。ここの小学校の卒業生の花村美有羽ちゃん。きみたちと一緒に祝ってあげたいの。なんでね、今日のステージは俺たち3人で演らせてもらいます、いいかな?」
 いいとも〜!とお兄ちゃんが拳を作って片手を挙げた。サムいよ、お兄ちゃん。その番組、もう終わってるから……。
 みんなもお兄ちゃんはスルーして「そうだね」「今日はミュウはこっちだね!」と私の肩に手をまわす。

 そのあと、英斗たちは2曲演奏して、興奮冷めやらぬままに卒業式は終了した。




 その日の夜、改めてお祝いした我が家の食卓には英斗と刻生もいた。刻生は食事のあと帰ったけれど(たぶん彼女のところに行ったんだろう)、英斗はそのままうちにお泊りコース。お風呂からあがって寝ようと思ったけれど、なんとはなしにお兄ちゃんの部屋をのぞいたら、そこにはヘッドホンをつけて雑誌を読んでいるお兄ちゃんしかいなくて。
 私は地下に足を運ぶ。防音の厚い扉をそっとあけると、そこには英斗がひとり、ギターをいじっていた。
「お、チビ。まだ起きてたのか。小学生は寝る時間だろ」
「今日卒業したもん」
「卒業式が終わっても3月31日までは小学生なんだぞ」
 そうか、そういうものか。考えたことなかった。

 ──今日はそこのミュウはマイムジのミュウじゃないんです。ここの小学校の卒業生の花村美有羽ちゃん。きみたちと一緒に祝ってあげたいの。

「あの……あのさ」
「ん?」
「あの……今日は、ありがとう」

 英斗がなんかすごくびっくりしたような顔でこっちを見た。
「なに」
「いや……やけに素直にありがとうなんて言うから」
「なに! お礼言っちゃ悪いわけ!? お兄ちゃんにも刻生にも先に言ったもん!」
「いや、悪くない悪くない悪くないけどどうしたの酒でも飲んだの」
「どーしてそういうこと言うの!」
 椅子の上にあるクッションをつかんで英斗に向かって投げつける。
「ちょ、暴力反対! 俺今日言っただろ好きな子も好きじゃない子もいじめちゃだめって!」
「…………」
「……ん? どした?」
 すきなこも、すきじゃないこも。
「……好きじゃない子も……だよね」
「お、おう」
「…………ねる」
「お、おう」

 そのままふらっと自分の部屋へ戻る。

 
 すきなこも、すきじゃないこも。すきじゃないこも。すきなこも。
 すきなこも。


「すきじゃないもん…………」



 
 4月から、私は中学生になる。







(afterword)
時候ネタ入れちゃうと時代が特定されちゃうので避けたいんですがつい。
例の番組がいつ終わったか、というのはつい最近なのか何年も前なのかはあやふやです
(ボーナストラックの方はお遊び感覚なのでラッスンゴレライとかいれちゃった)





prev][contents][next









×