おいていった猫 | ナノ


おいていった猫
 




 『おとしものあずかり屋』には、店主の少年ユッカの他に、おとしものたなのかんりをしている少女アナ、それに手伝いの、黄色い小鳥のピア、白い猫のニーナ、耳の長い犬のヴァロがいます。
 ピアやヴァロはよくはたらきますが、ニーナはわりとさぼりがちです。けれど、じつはユッカのつぎに店に長くいるニーナは、おとしもののばしょをよくわかっていて、アナがなかなかさがしだせないものも、あっという間にだしてきたりするので、みんなとくにもんくは言いません。

 『おとしものあずかり屋』は、さいしょはユッカひとりでやっていました。
 届けられたおとしものをせいりするのも、たなにしまうのも、それをもとめてやってきたおきゃくのあいてをするのも、ぜんぶユッカひとりでした。

 最初にどこからかやってきたのはニーナでした。店に入ってきて、帰ることもせず、そのうちにおとしものたちをきちんとたなにしまったり、または出したりしてくれるようになりました。帰るところがないのなら、ここにいればいいとユッカは思いました。

 同じように、次はピアが、その次にはヴァロがやってきました。ピアやヴァロはじぶんたちでおとしものを見つけてきます。ますますたすかりました。

 最後に、アナがやってきました。今よりもぜんぜん小さくて、最初はなにもしゃべらず店のいすにすわっていました。そしてさきの3匹(1羽と2匹)のように、店をてつだうようになりました。だんだんとしゃべるようになり、じぶんのことを、どこからきたかよくおぼえていない、とはなしました。あとは、さいきんのとおりです。ユッカのかわりに、どんどんおきゃくさまと話をします。

 そんなふうに、けっこう長いあいだ、2人と1羽と2匹でやってきました。



 さて、また『おとしものあずかり屋』にお客さまがきたようです。

 今回来たのは、おじいさんでした。たっぷり太って、あごにはきれいに白いひげがたくわえられています。

「いらっしゃいませ。おさがしのものはなんでしょう?」
 ユッカがたずねます。

「ずっとずっと前に……おいていった猫を」
「猫……ですか?」
 猫は、おとしもののたなにはいません。でもこの店にいるとしたら……
 ユッカはおじいさんにいすをすすめました。

「若くて、びんぼうだったころ、ずっといっしょにいた猫がいたんだ。小さいころからいっしょにいて、たのしいときもつらいときも、うれしいときもくるしいときもいっしょだった。けれど、あたらしい仕事のチャンスがきて、そこには猫はつれていけなかった。小さなきたない家においたまま、海をわたっていってしまったんじゃ」

 アナがお茶を入れてきて、おじいさんに出しました。おじいさんは小さく「ありがとう」と言いました。

「海をわたって、あたらしい仕事をがんばって、成功して、結婚して、こどもがうまれて、その子も大きくなって、まごも生まれた。年もとって、のこりの人生もあと少しだと思っている。でも、ずっとずっと忘れられずに思い出すんじゃ、あの猫のことを」

 おじいさんはしばらくだまりました。その猫のことを思い出しているのでしょうか。

「その話を、しりあいに……ふたりだけで海をわたってきた若い夫婦なんだが、かれらにしたら、ご主人のほうがこの店のことをおしえてくれてね、見つかるかもしれないと。でも、あれから長いじかんがたっている。猫なんてもういきているわけがないのに。すまんね、へんなことをきいて」

 ユッカが聞きました。
「その猫はどんな毛のいろをしてますか?」
「まっ白なきれいな猫で」
「なまえは?」

「わしはニーナとよんでいた」


 ニーナがドアからとびだしてきました。おじいさんのむねにとびつきます。

「ニーナ? おまえはほんとうにニーナなのかい?」

 さいしょに猫といわれたときから、ユッカはニーナのことだろうと思っていました。
 ユッカはずいぶん長くニーナといっしょにいました。もしかしたら、このおじいさんよりも長いじかんかもしれません。
 けれど、ユッカはおじいさんにしがみつくニーナに言いました。

「ニーナ。おじいさんといっしょにおいき」

「ユッカ!」
 おどろいたのはアナです。
「いいの? だって……」
「ニーナがいなくなるんだから、アナもこれからはもっとちゃんとおとしものの場所をおぼえて整理しないとね」
 ユッカはふざけたようすでアナに言いました。

 ニーナはじっとユッカたちを見つめていましたが、にゃあとひとこえ鳴くと、おじいさんといっしょに店を出ていきました。


「ユッカ……」
「アナが言ったんじゃないか。いつかあえるときがあるかもしれない、ってね。また、ニーナにあえるときがあるかもしれないよ」
 ユッカはアナににこりとわらいかけました。

 そうしてそのままユッカとアナはおじいさんとニーナが出ていたドアをしばらく見つめていました。




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