すてたゆびわ | ナノ


すてたゆびわ
 




 『おとしものあずかり屋』にはいろんなお客がやってきます。
 さて、今日やってきたのは……。

「ここは、すてたものが見つかっておいてある店だときいたんだが」

 やってきたのは、若い男の人です。ユッカが答えます。

「うーん、おとしものをおいてある店で、すてたものをおいてある店ではないんですが」
「どっちでもいい。ゆびわをさがしてるんだ。ほそい銀色のゆびわで」

 ずいぶんせっかちな人のようです。
 ユッカは“おかしいな、でもこの店に来れたんだし”と首をかしげます。
 そこへ後ろのドアからアナが出てきました。あいかわらず頭にピアを乗せています。

「ユッカ。たなの整理をしていたら、この指輪がピカピカひかりだしたんだけど、だれかおきゃくさまが来た?」
 アナがゆびさしたピアのくちばしに、銀色のゆびわがくわえられていました。

「あ! それ! それだ、ぼくのすてたゆびわ!」
「すてた?」
 アナが顔をしかめました。

「ここにはすてられたものはおいてないのよ。おにいさん、かんちがいしているようね。どうぞおひきとりください」
 アナがそういうと、カウンターのわきにふせっていたヴァロがむくりと起き上がって、男の人にほえました。そして、そのまま男の人を赤いドアからおいだしてしまいました。

 ユッカはちょっとぽかんとして、それから
「おいおい、アナ。もうちょっと話をきいてからにしろよ」とちゅういしました。

「だって、すてた、なんて言うから。わたし、ものをすてる人はきらい」
「それを言うなら、この前きた男の子だって手ぶくろをすてたって言ってただろう」
「あの子はべつ。すてたくてすてたんじゃないし。だからお店に来れたでしょう」
「でも今の人だってこの店に来れたんだよ?」
「ま、それはそうなんだけど……」


 みなさんは、もうわかりましたよね。そう、この店は、だれもがかんたんに来れる店ではないのです。
 時間のながれも外にくらべるとゆっくりで、ユッカは少年のすがたのままなんねんもなんねんもとても長いあいだ店主をやっています。


 さて、次の日も、男の人はやってきました。
 やっぱり店に来れるんだな、とユッカは思いました。
 男の人は、今日はいろいろと荷物を持っています。まるでこれから旅へ出るかのようです。

「おねがいだ。昨日のゆびわをどうかぼくにかえしてくれ」
「もちろんおかえしします。そういう店ですからね。でも、どうしてゆびわをすてたんですか?」

 ユッカがきくと、男の人はこたえました。
「あのゆびわは、恋人にプロポーズするためのものだったんだ。けれど、かのじょにほかの人との結婚のはなしが出ていて、しかもそのあいては優しくて年(とし)もあっていてお金持ちだというから、ぼくと結婚するよりその人と結婚するほうがしあわせになるだろうと思って……それで、ゆびわをすててしまった」

 うしろのドアが少しだけ開きました。たぶんアナがうしろで聞いているのでしょう。

「別れをつげたらかのじょはすごくおこって泣いて…。そうしたら、しばらくしてかのじょが家出したときいた。町を出てとおくに。まよったけれど、ぼくはかのじょをおいかけたい。自分のきもちだけで、かのじょのきもちを考えずに別れをつげたことをあやまりたいんだ。そして今度こそちゃんとプロポーズしたい。ゆびわをもうひとつ用意するお金はないとあきらめていたんだけど、となりにすむ男の子がこの店ですてたてぶくろを見つけたっておしえてくれて」

 そこで、アナがドアを大きく開けて出てきました。
「ゆびわはおかえしします。なにがその人にとってしあわせかは、その人がきめることだから。二度となくさないないで。ゆびわも、かのじょも」

 男の人は「決して」とアナに答えると、ゆびわをうけ取りました。


 男の人が店を出ていってからユッカはしみじみ言いました。
「まったく、アナはいつもいつもお客さんになにかひとこと言わないと気がすまないんだなあ」
「ユッカが言わないからよ。ここに来る人は、だいじななにかをもっているのに、気づいてないことがおおいんだもの」

 へらず口のアナにユッカはかたをすくめて、ヴァロに味方になってもらおうとカウンターのわきを見ましたが、ヴァロはしらんかおでふせってねむっていました。




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