track09: スクープと三年愛 「『エッジワース・桐谷歩の十年愛』だって。桐谷さん前に喜多茉莉菜と熱愛報道出なかったっけ。英斗聞いてる? 桐谷さんと親しいでしょ?」 テレビ局の楽屋で、チビが鏡台前の椅子に座って写真週刊誌を読んでいる。今日は音楽番組の収録だ。俺は楽屋奥の畳部分に仰向けに大の字で寝そべって、昨夜の(ゲームの)寝不足を解消しようと目を閉じていた。 チビの読んでいる週刊誌(それ)には、いま日本の音楽シーンのトップを走るロックバンド、エッジワースのボーカル・桐谷歩(きりやあゆむ)の記事が載っていた。先日はモデル上がりの人気女優、喜多茉莉菜(きたまりな)との熱愛報道が出たばかりだが、その記事の相手はデビュー前の地元の元カノらしい。 「知らねーよ。そんな話しねえし。てか最近会ってもいない。エジワスツアー中だろ」 「あ、そーだねそんなに親しくないよね、向こうの方が大スターでしたぁ」 「あのな……」 桐谷歩とは、というかエッジワースとは、向こうの方がデビューも先輩であるし知名度やら売上やらマイムジよりも格上だが、メンバーが同年(チビはもちろん除く)ということもあり、デビュー直後に彼らのライブの前座を演ったことがきっかけで、それから結構仲良くしている。 でもチビはそういうわけでもない。こいつは俺(たち)にはこんな態度だが、業界では他のオトナたちには一歩置いた姿勢というか、礼儀正しくはあるがまあ人見知りみたいな態度である。エジワスともその前座のときに4:4で(あっちのメンバーも4人だ、但し全員同い年の男のみ)対面したわけだが、借りてきた猫のように俺ら3人の壁(後ろ)に隠れていた。そうすると視覚的にもまだ小さいから本当に見えない。エジワスのギター・山田一太郎がその壁を越えて屈託なく話しかけてくれても、顔を若干赤くして緊張した面持ちで首を縦に振るか横に振るかしかしなかった。ましてや桐谷みたいなイロオトコなんかだともう首を動かすこともしなかった。 なんだよなんだよコノヤローいっちょ前にオンナなのかよ! ま、それはさておき、桐谷のオンナ関係なんか本当に知らない。エジワスの中でも桐谷とがいちばん親しいと思うが、聞こうとも思わない。ただ、大変だろうなとは思う。それは自分も以前同じようなことがあったからだ。ま、騒がれ方の規模は全然違うけど。 一般人の恋人も、桐谷クラスとなると大変なんだな、とちょっと考える。いや実際どちらが本当の恋人なのか、それともそもそもそんなものはいないのか若しくは完全な別人かは知らないが。 自分の別れたいちばん最近の恋人は一般人で、会うのも不定期、連絡も不マメ、こちらの都合で振り回し、結局フラれてしまった。自分クラスでこうなんだから桐谷ともなればもっとだろう。 そう考えるとやはり相手は業界人の方がいいのかねえ……。喜多茉莉菜か……カワイイよな……桐谷……。 「なに考えてるの」 「え」 天井を見ていた目を横に向けると、チビが鏡台に頬杖をついたまま身体をひねって半目でこっちを眺めている。 「なんかイヤらしそうな顔してた。喜多茉莉菜のことでも考えてたんでしょ。カワイイなとか桐谷いいなとか。でも残念でした、英斗は絶対相手にされないから。桐谷さんとは格が違うから」 「いや別に喜多茉莉菜のことなんか」 思いっきり考えてましたけど。しかも桐谷いいなとも思っていましたけど。 チビはギロッとガンをとばしたあと、週刊誌に目を戻して 「でもすごいなあ、十年愛の彼女かあ……」と呟いた。 「待てお前、いまさっき桐谷の相手 喜多茉莉菜って前提で話してなかったっけ?」 「やっぱり十年愛の方がなんかロマンチックだから、そっち推しにする」 「ジヤニーズか。推しメンか。お前が推したところでどーにもならんだろ」 「私は喜多茉莉菜みたいにはなれそうにないもん。でも十年想い続けるっていうのならさ、」 「桐谷にはお前は射程外だと思うぞ……」 「桐谷さんの話はしてないもん!」 いやしてたよな確実に! 寝てる体勢からすっかり起き上がってチビとギャーギャーやっていると、トイレに行っていた軸と缶コーヒーを買いに行っていた刻生が戻ってきた。 「お前らの声うるさいよ。トイレまで響いてたぞ」 軸がソファにどかりと腰をおろす。 「嘘つけ、男トイレ下の階じゃねーか」 「でも自販機までは確実に聞こえてたぞ。あんま他のバンドのスクープとか大声で話すなよ」 刻生が畳の段差に腰をおろして缶コーヒーのプルタブを開けながら言った。 「う……。そうだな悪ィ」 「ごめんなさい」 「ミュウはどうしてお兄ちゃんにはそういう風に素直に謝ったりしないんだ!」 「反抗期だから」 「反抗期長くない!?」 結局またギャーギャー騒ぐことになる。どうもマイムジは騒がしいイメージがスタッフの間についている気がする。俺もっとクールに攻めたいんだけどなあ。 「あ、それ例の桐谷の記事か」 軸がチビの前の雑誌に気付いて立ち上がってそれを取ろうとする。と、チビはすかさずそれを閉じ、自分の肘の下に隠した。 「お兄ちゃんには見せない」 「なんで」 「こーゆーのは信じちゃダメ!」 そこですかさず突っ込む。 「ちょい待て、いまお前さんざん見てただろーが」 「いいの、私は参考にしてるの!」 「なんの?」 そこでチビは口を開いて、また閉じて、そしてぽつりと 「…………十年愛の」 と言った。 「十年愛? おま、4歳からの恋人とかいんの?」 「ええっ! お兄ちゃん聞いてないヨ!」 「うるさい! 違う! あと5,6年かかるけど、その参考というか、……」 そう言いかけて、チビは口を噤んだ。興奮したせいか赤くしたチビの頬を、軸が、ちょっと笑いながら指の背で弾く。チビはその手を軽くはたいて自分の兄を睨んだ。 「5,6年?」と俺が問うと、チビは「なんでもない。もうこの話題はいい。トイレ行ってくる」と楽屋を出て行ってしまった。相変わらず思春期なヤツだ。俺にあんな時代はあっただろうか? 「5,6年経ったら、いや、あともう2,3年でミュウは美人になるだろうね」 刻生が言う。 「まーね、オレの妹だからねー。虫よけが大変だ。ジヤニーズとかマジ注意。ま、英斗きゅんが暫くは仮彼氏を務めてくれれば大丈夫だろうけど」 「え、仮彼氏(それ)まだ続いてたわけ? なんか俺全然相手にされてないし、そもそも本気で惚れてるならともかく、いや14歳に本気ってコワいけどさ、ともかく空回りで悲しいんだけど。あの嫌がられようだし」 ちょっと前に軸が“レンアイしてみたい”というチビに“じゃあお相手は今フリーの英斗で!”と無理やり俺を押し付け(MJのプラチナディスクを餌にして)、まあこっちも一応チビがかわいくないわけじゃなし、ちょっとだけ軽く恋愛ごっこにノろうとしたんだが、当のチビには見事に拒否されたわけで。 「ディスクやったじゃねーかよ。てか、単なる肩書だよ、他の男よりもいちばん近いっていうな。ほんとに嫌がってるわけじゃないのはわかんだろ。それに本気で惚れるかもしれねーぞ?」 にやにや軸が笑う。本当に自分の妹が世界一カワイイと思っている、兄の鑑だ。シスコンとも言う。 「ありえねー。てかお前に殺されるだろ」 「場合によっては、な。まあとにかく微妙な年齢なんだから実の兄のオレと仮彼氏のお前で守らなきゃあかん」 「なんで刻生は仲間じゃないんだ」 「こいつはコトちゃん守んなきゃいけないからな」 「刻生の三年愛か。確かに」 「でもなんかそういう言い方すると十年愛に比べて三年って軽く感じるなー」 「おい、お前ら……」 コトちゃんはアマの頃からライブをよく観に来てくれていた刻生の彼女で、実にいい子だ。ていうか三年も十分立派ですよ。 刻生は溜息をついてぽつりとこぼす。 「まあ冗談なのはわかってるけど。でも三年を馬鹿にするなよ。俺だけじゃない、琴子のことも、ミュウのこともな」 「は? なんでチビ」 馬鹿にするなと言った刻生に軸はなぜか苦笑い。 「ミュウも一途だってことだよ」 ──俺がその意味を知るのは、もう少し先のことだ。 (afterword) 今回エジワスネタを使うことを了承してくれたさくまりさま、ありがとうございました! さくまりさんのサイト「Puzzle」にて、「たぶん、きっと、ずっと、僕は」そろそろクライマックスです! (1.1追記 この2年後ぐらいのオマケ話→☆) 2014.12.31 [prev][contents][next] ×
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