08.my dear little sister | ナノ


track08: my dear little sister
 


 美有羽は、オレが小学校2年生も終わるころに生まれた。

 ずっと一人っ子で、幼稚園のころは一緒に遊ぶ友達のきょうだいが羨ましくて羨ましくて、とりあえず兄か弟が欲しくて、兄はムリだとわかってからは弟が欲しくて、で、小学校に上がるころにはもう弟でも妹でもよくって、とにかく、とにかくきょうだいが欲しかった。

 それはもちろん両親も同じで、多分不妊治療とかまではしてなかったとは思うのだが、オレを産んだあとに2回の流産を経験している(大きくなってから聞いた話だ)母が、再度妊娠し安定期まで達したとき、満面あふれる笑顔でオレに言ったのだ。

「じっくんに、弟か妹が生まれます!」

 そのときのオレの気持ちをどう表現したらよいか。

「気にしないとできるってホントなのねー! 排卵日とかじっくんを早く寝かせるとか考えずにただ単にパパとひたすら享楽に耽ってよかった!」
「ママ、ちょっとじっくん聞いてるから」
「気持ちいい上に赤ちゃんできるなんて一石二鳥!」
「ママ」

 オレの両親は結構開放的なんだ。うん。このときは意味はわからなかったけどね。


 ま、そんなわけで、そうしてみんなに望まれて生まれてきた妹が、どうして我が家のお姫様じゃないと言えようか。


 2100gで生まれてきたばかりの妹は、それはそれは小さく、泣き声も小さかった。赤ん坊の泣き声といえば「おぎゃあおぎゃあ」なんだろうけど、妹のそれはまるで子猫のような、みう、みう、というような声だった。

 小さい、小さい、本当に小さい手。それがきゅっとオレの人差し指をつかむ。絶対守らなきゃいけない、と思った。

 妹は、生まれるまでどうも性別があやふやだったそうなので(エコーでみてもそのときの赤ん坊の向きでわからないこともあるらしい)名前候補も男女まざっていろいろあり、両親が名前についてあーでもないこーでもないとやっている間、オレはこっそり「ミウちゃん」と呼んでいた。あるときそれを母親がたまたま聞きつけて、「みゆう? いいじゃない!」と一気に最有力候補に躍り出た。「みう」なんだとはもう言えない雰囲気。結構空気読む子だったんだよねオレ。

 漢字については、
「もちろん『美しい』よね!」
「あとは? 優しいとか?」
「美しい羽でもいいわね、我が家にきた天使だし!」
「ちょっと待てママ、『ゆ』が足りない。美しい羽が有る、はどうだ?」
「いいわね!」
とまあ両親が勝手に突っ走った結果『美有羽』になった。のちのち成長したミュウは、「……なんかDQNネームっぽくない?」と若干気にするようになるのだが。

 とまあ、ここまでがミュウ誕生秘話と、家族中から溺愛されることになった経緯の話だ。



 そもそも自身がお互い末っ子だった両親、その間に末っ子として生まれたわけだから親戚の中でもミュウはかなり離れていちばん年少だった。従兄弟でもいちばん年が近くてオレの2つ上だったし。自然、ミュウは大人に囲まれて育つこととなる。そうなると、まあ多分に元々の性格もあるんだろうが、年の割に精神的に大人びて育ってしまったわけで。幼稚園や小学校でもちろん同年の子供と関わってはいるものの、こう、争いとか、ぎゃーぎゃー言う喧嘩とかはあんまりしなかった(ように思える、俺が見てた限りでは)。


 なので、初めて英斗と会わせたときは、本当ににびっくりした。


 高校で同じクラスになり、音楽の趣味が合って一気に親しくなった英斗はオレに負けないぐらいの軽口ききだったが、空気を読む術にも長けていて一緒にいてラクだった。いろんな話をした割に、そういえばミュウの話はあまりしたことがなかった気がする。「年の離れた妹がひとりいる」ぐらいは言ったかもしれないが。英斗のなんだかよくわからないが横暴らしい兄貴と、刻生のクッソ生意気な中坊弟の話を聞かされると、あんまりかわいい妹の話はしにくかったというのもあったのかもしれない。


 そして、あの初対面である。

「ヲイ……なんだこのチビッ子。ホントに使えんのか?」

 礼儀正しく「こんにちは」と挨拶したものの、明らかにミュウはムッと顔を顰めた。

 思えば、ミュウがあんな風にぎゃいぎゃいとやり取りするのは初めてなのかもしれない。同級生なんか相手にしない。かといって大人は大人でミュウと争うはずもない。

 同年代のガキなんか好きになるわけないと思っていたら。

 ミュウ、お兄ちゃんはさあ、いくら大人っぽいといったってそれはいわゆる実年齢にしては、ってことだから、キミのことならまだ割となんでもわかっちゃうみたいなんだよ。
 10歳で英斗に出会って、そりゃ初めはきちんと名前をつけられるような感情じゃなかったとは思うけど。11歳になって12歳になって中学生になって段々と大人に近づいてきて、それはもうきっときちんとしたカタチになってるよな?
 ポンポン口ゲンカで相手して、でもそこはさすが8歳(ほぼ9歳)上の英斗だから、譲る部分は譲ったりするから。そりゃまあ、女子としては魅力的だよな。
 英斗は実にイイ奴でオススメ物件ではあるが実際モテるし難しいとは思う。ミュウのことは歌を作るくらいに大事に思われてるだろうが正直妹の域を出ていないだろう。
 兄ちゃんとしては英斗はマジで合格ラインだが、しかし、英斗に無理強いするつもりもないんだ。
 でもな、やっぱりお前がかわいいし、お前の恋が実ればいいなとも思うわけで。

 だから少しだけ後押ししてやるよ。あとは自分で頑張ってみろ。

 それと、一応、同年代も見てみるといいよ。ガキはガキなりに一途だったり素直だったりキレイだったりするんだ。


「…………って言葉にして言えればいいんだけどなあー。最近何かにつけ冷めた目で見られるからなあ。お兄ちゃんカナスィ……」
「最近に限らず割と最初っからだった気がするけど。なんだ、何かミュウに言いたいことがあるんなら俺が代わりに言ってやるぞ」
「そこを刻生に任せたくないね! なんか英斗以上にむかつくんだよね刻生がミュウの信頼を得ていることに!」






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