羽化するセミ 87 七年目の羽化 の補完話 彼の部屋で一人で起きた朝。 もう何も考える気も起きず、ささっと身支度をして玄関ドアを開ける。 ……開ける、……開けようとしたんだけれど、開くには開くのだけれど、なぜかドアが重い。 なんとか開けて、出ると、彼が外廊下でドアにもたれかかって座っていた。 「な……に、してんの」 「あ、起きたんだ。帰んの?」 なんで彼はこんなところにいるんだろう。一体いつ帰ってきたの? 彼が私の顔を凝視する。 「……なんで、そんなに目、赤いの?」 彼に言われて顔を伏せた。昨夜は彼のベッドに一人で潜って泣いていたのだ。 でも、何気に見ると彼の目も赤い。 「そっちこそ目、赤いよ?」 オールだったから? 鍵を無くしたとか? と、ここでふと私も合鍵なんか持っていなかったことに気付いた。そうだ、勝手に出て行ったら無施錠になるところだった。それにしても、彼だってインターフォンを鳴らすとかすればよかったのに。 「……いや、まあ、眠れなかったから。…………ここで、ずっと」 ここで? 「ここでっていつから? なんで?」 「あんな酔っ払いを一人で置いていけるかよ。……でもあのまま同じ空間に居れるほど俺、人間できてねーし。お前ほんと気をつけろよ。とてもじゃねーけど危ねーよ」 なんだかよくわからないけど、迷惑をかけたのだけはわかった。涙が滲む。 「ご、ごめん……。ごめんなさい……」 泣き出した私に彼は目に見えて慌て出した。 「いや、あれ、なんだ、違うよ、泣くなよ、その、いや、いんだよ、俺の部屋に、いる分には。安心するから。だから、これは、俺の、問題で、つまり、あのまま同じ部屋だと、その、まずいから、でも、離れられなくて、だから、だから……」 「…………」 ──これは、彼の言うこれは、どういうこと? 心なしか目だけでなく、顔も赤いような気がする彼を見て、思考がぐるぐる交差する。 もしかして……? え、も、もしや、これは自惚れてもいいの? これは羽化するチャンスなの? 「あの、わた……」 「あのさ!」 羽化する直前のセミを彼が止めた。 う……羽化失敗……? 身体が固まりだす。 でも、彼が、そっと、私の右手を取った。 「……俺、お前が好きなんだ。もう7年も前から。ずっとずっと言えなくて、お前の気持ちも掴めなくて、ひたすら隠してたけど。でも、もう限界なんだ。昨夜みたいなことがあると、もうどうしていいかわからないんだ。もし、もし駄目なら、ちゃんと、ちゃんと諦める。ちゃんと友人に戻る。だから。だから、お前も、もし好きでもない男の部屋だったとしたら、もう無防備に泊まったり、するな」 彼も、セミだったのだ。七年目の。 私の選択肢など、ひとつしかない。 殻から抜け出し彼の胸に飛び込む。 セミはちゃんと羽化して柔らかに翅を伸ばし、これから精一杯恋をする。 でも私たちはセミじゃないから、これから先、できれば何十年も、恋をし続けたい。 2014.9.27 [contents] ×
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