episode 4 呑気なわが国ではあるけれど、噂話というのも、もちろんそこここで囁かれている。 非常に唐突ではあるが、私は城の裏庭にあるかなり大きくなったカキノキが気に入っている。このカキノキは遠く東の方の大陸が原産の木で、秋にはオレンジ色の大きくて甘い実が生る。あまりに美味なのでこれを国の名産品にしてはと提案したが、既に東で名産品になっているし、あともうちょっとオシャレな見た目の方がいいから駄目、とあっさり却下された。オシャレな見た目ってどんなの。外見差別、いくない。 まあそれはともかく、このカキノキは木登りにも最適で、葉が生い茂り日陰になるし、幹も太く、ちょうどうまく体が嵌る具合のいい枝があるのだ。 ある日、午後休憩の時間にそのカキノキの上でくつろいでいると、ひそひそと話し声が聞こえてきた。見下ろすと城の若い侍女と、近衛兵だった。木陰で逢い引きか、いいねえ。王妃さまはちょっと盗み見しちゃうよ! 興味のあるお年頃だからね! 「──これはすごい極秘事項なんだけど」 近衛兵が侍女に言う。 おいおい、恋人だからってすごい極秘事項をバラしてどうするの。キミ、減俸です。で、その極秘事項ってなに? 「陛下が……」 ん? ルイが? 「初陣演習をなさるそうだ」 「初陣? ええっ? 戦争でもあるの? 嘘でしょこんなに平和で呑気な国なのに」 確かに平和で呑気な国だが侍女に呑気と言われるとちょっと傷つく。いやそれよりも戦争? そんな話聞いてない! 青ざめる侍女に近衛兵は笑いながら人差し指で侍女の額を小突いた。「こ〜いつぅ〜」ってやつだ。いいねえ。ちょっとイラッと来るけれど。いやいやそれよりも戦争の件を早く言うのよ!! 「違うよ。初陣ていうのはつまり……」 「え……」 「女官長!! ……あれっ、女官長は?」 疾風迅雷の勢いで城の居間に戻ると、そこにいたのは、いつものお付きの女官ミルカだった。ここ3年ぐらい一番そばにいる、私たちのことをよく理解している、恋人いない歴22年の女官である。 「ここにはいらっしゃいませんが……」 「どこに行ったの」 「お出かけになるとは伺っておりませんから城内にはいらっしゃると思いますが」 そうか。うーん、じゃあ仕方ない。この際ミルカでもいいから聞いてみようか。 「ねえミルカ、あなた知ってる? ルイの初陣演習とやら」 「えっっっっっ!!」 「知ってるのね……」 初陣演習とはつまりアレだ。ずばり夜のアレ。子どもができちゃったりするアレの練習ってことなのだ!! ルイがアレを練習するってどういうことなの!? 「どういうこと? 知ってることは全部教えなさい」 私のしつこさ、いや探究心の強さは城の誰もが理解していることで、誤魔化そうとしようものならば、野生の勘で気付いて真実を知るまではSUPPONのように食いついて離さない。SUPPON見たことないけれど。 なのでミルカはあっさり口を割った。 「これはもちろん表立ってはいない極々一部の者しか知らないことだと聞いておりますが、慣例なのだそうです……。王子殿下などが20歳前後でご結婚される場合はその前に、まああの、多少お遊びになられたりされますが、陛下は0歳でご結婚されたわけですから、そういう機会もなく……。昨年妃殿下に月のものが訪れたのでお世継ぎのことも視野に入れて、ということなのですが、何せお二人ともお若いのでコトをスムーズに進めるために陛下には練習が必要だということで、えー、そのつまり経験のある女性をお相手に……」 「私には練習の話は来てないわよ」 「女性には不要なのです」 「何で! ずるい!」 「ず、ずるいって……」 ギャーギャー騒いでいると、午後休憩を終えたらしいルイがやってきた。 「どうしたんだ、マリ?」 のほほんとした顔して……! 年下のクセに、練習とか、生意気! 「……なんでもない!! ミルカ、ちょっと私の部屋まで来なさい!」 私はミルカのエプロンをひっ掴んで、城の最上階(といっても4階)の私室へ連れ込んだ。 ルイはぽかんとした顔のまま私たちの背中を見送っていた。 [prev][contents][next] ×
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