赤ハチマキの応援 「赤沢、お前赤組の応援団長やれ」 そんな小松先生の一言で、私は小学校最後の運動会で応援団長をやる(やらされる)ことになった。なぜって? それはもちろん、小松先生の方針が「ギャップ=おもしろい」からだ。小松先生は「おもしろい」に命をかけている。確実に教師生命をかけている。絶対かけている。この間の体育の時間も、円じんを組んでみんなでフレーフレーとかけ声を出したのだが、声が小さい! これが手本だよく聞け! と言って「フんレ〜〜〜〜!! フんレ〜〜〜〜!!」とさけび出した。あまりの大声に副校長先生が何事かと職員室の窓から校庭をのぞいたほどだ。なんというか、すごい。 そんなわけで、5月に入ってからというもの、昼休みはたいてい応援団の練習になった。校庭のすみっこで三三七びょうしや、二二四びょうしのフリを覚えなければならないのだ。 おまけに団長の私は 「太陽の色は何色だ!?」(ここで「赤だ―!」と赤組のみんなが答える) 「燃える炎の色は何色だ!?」(上に同じ) 「今年の運動会で優勝するのは!?」(上に同じ) とアホみたいにのどをからしてさけばなければならない。 かみさまわたしがなにをしたっていうの……。 団長の私がきばらなければならないのは最初とお昼後の2回の応援合戦だ。あとは、競技の合間に席の前で他学年を応援したり、最後の選抜リレーではトラックの内側でひたすら大旗を振る。振れるかな……。 いつも通り、応援団の練習のため昼休みに校庭へ出ると、トラックではリレ選(リレーの選手)が練習をしていた。ロクの姿が見える。ああ、ロク今年もリレ選なんだ……すごいねえ……。ちなみに赤白分けはクラスごととかではなく、各クラス内でもふたつに分けられるのだが、ロクは白組だ。白組の応援団長はタロウくん。こっちとちがってすごく“だとう”だ。 そんなわけで運動会当日。 ヤケになって朝・昼のメインの応援合戦は乗り切った。終わったことはもう忘れるにかぎる。 競技の合間、トイレに行った帰りにたまたま立ち話をしている見知らぬお母さん方の会話が耳に入った。 「今年の赤組の応援団長さん、女の子なのね。あれって6年生とかじゃなくてもいいの? 4年生ぐらいの子だったでしょ」 「やりたかったら何年生でもいいんじゃないの? 小さくて逆に可愛かったけど」 うう……。6ねんせいです……。やりたくて団長やってるわけじゃないんです……。 もちろんそんな口は挟めるわけもなく。お母さんたちは側に立っている私がその子だとは思ってないんだろう、今はハチマキも手袋もしてないし遠目じゃ顔もわからないだろうし。なんとも言えないで立ちつくしていると、後ろから笑い声が聞こえた。振り向くとロクだった。 「なにしてんの。ていうかなに笑ってんの」 「トイレの帰りだよ。それに笑ってないよ」 「うそつけ! ロクも聞いてたんでしょ!」 飛びはねて頭にチョップしてやった。 「ロクなんかリレーで転べ!」 「やだよ。悪いけど白が勝つから」 応援よろしく団長、と自分の席へもどっていくロクに私はあかんべーをした。 そして最後の選抜リレー。 選抜リレーは4・5・6年生で各クラス男女4人ずつ選手が選ばれ、1チーム9人の男女別で、赤・黄(赤組)・白・青(白組)の4チーム。1人トラック半周、最後のアンカーだけトラック1周走るのだ。 本当の点数なのかはたまた誰か(先生)が調節しているのか、ここまでの赤組と白組の点差はわずかだった。白が勝っていたけれど、女子のリレーで赤が1位、黄色が3位を取ったので、もしかしたらこの時点では赤が上になったかもしれない。勝敗は男子リレーにかかった。 旗を振っている腕が痛い。副団長の吉田くんがかわってやろうかと言ってくれたけど、大丈夫とことわった。 ピストルが鳴る。各クラスの足の速い子の集まりなので、びゅんびゅんバトンが回る。アンカーは、白組はロク(白)と木村くん(青)、赤組は佐藤くん(黄)と市川くん(赤)。 そんなに差がない団子状態で、市川くん(赤)、木村くん(青)、佐藤くん(黄)、ロク(白)の順番でアンカーにバトンが渡された。 * その日の夜、ママはまたしてもロク一家をうちに呼んで、みんなで録画したビデオを見てもり上がっていた。応援合戦くり返さないでほしい。ほんとにやめて。 ──あ、もう少しであの場面……。私は自分の部屋へ逃げた。 「ナナ、この前買った漫画。海賊の。持ってきたよ、読む?」 ロクが部屋に入ってきた。私は少女向け雑誌を読んでいたが続きが気になっていた漫画だったので「あ、読む!」と飛びついた。 私はその新刊、ロクもその前の巻を何冊か持ってきていて、二人で無言で漫画を読む。 そのうちにぼそっとロクが言った。 「応援団長の応援のおかげで一位になれたよ。なぜか赤いハチマキしてたけど」 「…………」 ……聞こえたのか。 そうなのだ。私はあの男子リレーの最後、トラックの真ん中で「ロクー!! いけー!!」と旗をふり回しさけんでいたのだ。まわりもとにかく応援でさわがしかったのでその声は近くの団員にしか聞こえず、隣にいた吉田くんがちょっとびっくりした顔をしていたけれど、あとで「青井と仲いいから応援しちゃったんだね」とわらってくれた。吉田くんは体が大きいけれど実はすごく優しいのだ。小松先生とかクラスのみんなにあれが聞こえてたらと思うとちょっとこわい。よかった、吉田くんぐらいにしか聞こえてなくて。 「気のせいじゃない?」 私は漫画本から顔も上げずに言った。 「そうかもしれない」 ロクも漫画を読みながら、でも優しい声でそう言った。 リビングでは、「ロクー!! いけー!!」とさけんでいる私の映像がしっかり流れていた。さすが親、我が子の記録は逃さない。声までばっちり入ってる。性能いいね、最近のビデオって……。 [prev][contents][next] ×
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