Final Lesson 3 | ナノ



Final Lesson 3
 


 なんで驚かれるの?

「だって、私が “付き合ってほしいんだけど”って今年のお正月にファミレスで会ったときに言ったら、五十嵐くん“いいよ”って言ったじゃん」
「え? いつそんな会話した? あの日は会って、メシ食って……そのあと何したっけ?」
「食事のあとは、本屋へ行った」
「──それだよ! 俺は本屋へ付き合うことだと思ったんだよ!」
「ええっ?」


 見解の相違!


 カフェラテを置いて、酔った頭の中をぐるぐるぐるぐる整理する。えーと、私は付き合ってって言ってOKもらったと思って今まで付き合ってるつもりでいたけど、五十嵐くんはそんなつもりじゃなくって……。え、てことは、

「じゃ、じゃあ私のカン違いだったんだ。ご、ごめん。今まで」

 なんか、マズいことあったっけ? あー、アユと葉子ちゃんには付き合ってるって言っちゃったよ。訂正しなきゃ。小野さんたちには? あれよく覚えてない。小野さんの遠吠えしか出てこない。

「いや待って。カン違いと言えばカン違いだけどそうじゃないといえばそうじゃない」
 五十嵐くんの、最初あっけにとられていた顔が、段々と真顔になってきて、それから何だか窺うような顔になって。

「そもそも四谷さん…………、その、あの、なんだ……俺のこと、…………好きなの?」

 ものすごーく怪しんだような顔で訊いてきた。
「好きだけど」
「えっなにそんなあっさり! ほ、ほんとに?」
 彼は信じられないといった顔で私を見る。この短い間にどんだけ百面相をするつもりだ。

 好きだから、付き合ってって言ったんだけど。まあ確かに言った時点ではもっと軽い気持ちだったのは否定しない。アユに訊かれて好きか嫌いかといったら好きだ、と言ってから意識するようになったというか。でもそれから何度も彼と過ごしているうちにその気持ちはもっと強くなっていったのだ。彼といると気負わない。優しいし、面倒見がいい。何よりピアノを弾いている姿が好き。私は彼が好きだ、うん。

「でも、ほら、付き合ってるとしたら、おかしいとか思わなかった? だって普通ハタチ過ぎた男女が付き合ってるとなると……」
「いわゆるキスとかそれ以上のこと? 五十嵐くんキスしたじゃない、ドライブの帰りに。それに、アユに聞いたらアユはそれ以上のことは付き合ってから2年以上経ってからだったって言ってた」
「キ、キスしたのは、あれはつい……。ていうかアユちゃんは、確か相手が一回り年上で、高校生から付き合いだしたんだろ? そりゃ2年かかるさ。ちゃんと分別のついた相手で流石だと思うけど。だから何の参考にもならない!」
「そうなの? よくわからないから夏のキャンプのとき、栗原さんにきいてみようかなと思ったんだけど」
「げっ! まさか聞いた!?」
 五十嵐くんはまさに立ち上がる勢いで乗り出してきた。

「さすがに。栗原さんも新しい彼ができて、そこでそんなこときくほど私はKYじゃない」
 それにとにかく小野さんが「いいな! 彼氏! らぶらぶで!」と騒いでいてそれどころじゃなかったというのもあったんだけど。
「新しい彼氏うんぬんじゃなくても問題はあるけど……まあよかったよ、そこは君が思いとどまってくれて。ともかくそこは二度と訊かない方向でお願いします」
 こっくり頷いた私を確認してから、彼はまた背もたれに倒れる。えらく疲れてそうだ。

「はあ……、なんなの。俺の今までの1年はなんだったわけ」
 何だったって言われても……。普通に社会人1年生として働いて遊んで過ごした1年だったんじゃないんでしょうか。
「で、どうするの? 男女交際は解消するの?」
「しないよ! ──俺だって、そろそろいい加減どうにかしようと思ってたんだよ……」
「じゃあ今まで通りでいいんだね」
「今まで通りって……」
「だから、ちょくちょく会って、ごはん食べたり、出かけたり……違うの?」
 よく考えてみたら、何にも変わらないじゃないか。

「……違うよ。全然違うよ。全っっ然違うよ!」
 うう……と呻く五十嵐くんを前に、途方に暮れる。どうすりゃいいのさ。

「あれ? ていうか五十嵐くん、私と付き合うからには……私のこと好きなんだよね?」
「今頃そこーーーーーー!?」
「だって多分一度も聞いてない」
「…………」
「ん?」
「…………だよ」
「ん?」
「…………好きだよ! 大好きだよ!」
 くそーーーっとテーブルに顔を伏せる五十嵐くん。それから恨めしそうに私を見上げる。なんでそんな顔されなきゃいけないのかさっぱりわからない。
 でも気持ちはちゃんと聞けたので、私はにっこり笑った。

「よかった。じゃあこれからもよろしく」

 ようし、じゃあこれで問題なくまた順調な男女交際の継続だ!



 コーヒーショップを出て時間を確認するともう21時近かった。

「今日は忘年会って言ってあるけどそろそろツバコールが来るかな」
 腕時計を見つつ呟くと、
「……ことり」
「ん?」

 あれ? 初めて“ことり”って呼ばれた気がする。

「弟に……いや、妹──でもダメだ、お母さんに連絡して。今日帰らないって」
「え?」
 彼が私の手首を握る。あれ何このデジャヴ。
「うち来て。泊まってって。化粧品でも替えの下着でも明日の服でも全部俺が買うから、今日はうちに来て」
「え?」
「連絡して」



 ……そうして、私は初めて彼と夜を越すことになる。ちょっといきなりすぎない? と言ってみたが、「ことりは1年付き合ってきたつもりなんだからいきなりじゃないだろ」と返され、俺だっていきなりじゃない、1年半片思いのつもりだったんだから、もう我慢しない、とダッシュの勢いで彼の部屋に連れ込まれた。
 翼からは10分から15分おきに着信があったけれど、怖くて出れなかった。どうすんだよ、明日。

 五十嵐くんは「いいよ、明日送ってったときに殴られでもなんでもしてやるよ」と言って私の髪に鼻を埋め先に眠りについてしまった。陽菜の相手もぜひよろしくお願いします……。


 *****


 ……とまあ、キスのくだりや最後の部屋へ連れ込まれたあたりの話は端折って、大体の話を後藤くんにしたところ、彼はもう爆笑だった。
「さすがことりん! 俺一生ついてくから!」
 いややめて、ついてこないでいいから。

「じゃあ、交際期間4,5年でいいじゃん。だいたいあってるでしょ」
「あ、それいいね。なんだあっさり問題解決」

 再びペンを取る後藤くんとそれを覗きこむ私を五十嵐くんは冷たい目線で眺めている。今更思い出したように怒らないでほしい。しょうがないじゃない、見解の相違だったんだし、結果結婚するんだしいいじゃん。

「この分だと、結婚することになるのにもいろいろあったっぽいよね」
 後藤くんが期待したような顔でこっちを見るけど、「ないない」と私は手を左右に振る。が、
「なくはないよ……」
と、隣の人物がボソッと言うではないか。
 なにっ! 聞き捨てならない。──でもやっぱりめんどくさいからもう訊かないでおこう。
「弟は? 反対しなかったの? 噂のシスコンの」

 そう、結婚するにあたり最大の難関と思われる翼が折れたのには理由がある。
 そもそもなんだかんだ4,5年も付き合っていたわけだから、最終的には折れるだろうとは思っていたのだが、実はあいつこそ、8歳も年上の自分の出身校の女性教師(正確には養護教諭)と付き合っていたのだ。翼も今年は25歳、相手の女性も33になるということで、「俺もそろそろ結婚したいけど、姉より先ってのもアレだからこの際許す、ことり先に嫁に行け」とむしろ推奨された。

「女教師……!! やるな弟」
「俺もびびったよ。女教師だもんな」
 男二人が女教師という単語にどうも淫靡なものを感じているらしいところに、ちょっと口を挟んでみる。


「ねえ。忘れてるみたいだけど、私も女教師だから」


 しばし流れる沈黙。ちょっと何これ。

「……マジで忘れてた」
「いや、うん……そうだったよな」
「潤……お前も女教師と結婚するんだな。スゴいはずなのに何このハズレ感」
「……そういうことにはなるな。うん、でも何だろうこの違和感」


 私は隣の人の足を思い切り踏んづけた。


   Congratulations on your wedding!!






(after word)
これでほんとうにおしまいです。ありがとうございました! 


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