Final Lesson 1 「えーと、“二人は、4年の交際を経てこの度めでたく……”」 目の前で、メモに汚い字を書く友人を見て、口を挟んだ。 「4年? 5年でしょ?」 「いや、4年」 隣に座る人がきっぱり言う。 「何どっち? ちゃんと数えてよ、いつから付き合ってんだっけ?」 そういえば俺そのへん具体的には聞いてないな、と友人がペンを置いた。 「卒業のちょっと前のお正月明けから」 私が答えると、また隣に座る人が 「違うよ。卒業して、社会人になって、その年の冬」 と、訂正する。 とあるファミレスにて。 私は久々に後藤くんに会っていた。私の隣には五十嵐くんが座っている。 今日は、再来月に控えている結婚式の、二次会の司会を後藤くんに頼んでいるため、その打ち合わせをしている。 誰の結婚かって? そりゃ私たちです。私と五十嵐くん。 ちなみに冒頭の台詞は、後藤くん、私、五十嵐くんの順番で喋っております(2巡)。 「なんで、付き合いはじめの認識が二人でズレてんの。しかも1年も」 ごもっともな疑問である。 話せば長くなるけど。え、話すの? めんどくさいなー。 ***** 話は、まずは大学4年の年末に遡る。 『えっ、あのあと特に何もなく帰ったの!?』 「だから、何もなくないよ。ほら、記念公園のとこのイルミネーションあるじゃん、あそこ観に行って、それからコーヒーショップでお茶して帰ったよ。ジンジャーバニラ……なんだっけ、スペシャルホワイト……えーと、クリスマスラテ? とかいうの奢ってもらった」 『それを世間様では“何もなく”と言うのだ!!』 私は大音量を放ってくるケータイから耳を遠ざけた。 年の瀬も迫った12月28日。 実家でお正月の準備をしていたら(お正月には母のお相手が我が家に来るそうだ)アユから『この間の飲み会のあとどうなった?』とメールが来たので、『イルミネーションみた』と返信したところ即電話がかかってきたというわけだ。 『あンのヘタレ野郎め……!』 アユが物騒な物言いでひとりごちる。 『あのさ、もうこの際ことりからいこう! じゃないとダメだわあの男。まあいいじゃん、態度は散々見せられてきたんだし、言い出すのはことりからでも』 「はあ。行くってどこへ」 『男女交際の世界へよ!! すっとぼけるのもいい加減にしてとっとと付き合い申し込んでこいこの天然め!』 別にすっとぼけているわけじゃないのだが。天然なんて今まで言われたことない。むしろひそかに憧れてるぐらいだ。天然ちゃんて言われてみたい。……と思う時点で天然ではないというのが世の中の常識だ。つまり私は天然ではない。 大体なんで私から男女交際を申し込まなきゃならないのだ。確かに五十嵐くんは私のことを憎からず思ってくれているだろうことはなんとなくわかる。でも確信はしていない。別に好きだって言われたわけじゃないし。アユや葉子ちゃんよりは好かれているだろうが、小野さんや栗原さんや後藤くんより好かれてるかと言われると、ちょっとよくわからない。 私としても、先日の飲み会では『卒業したらなかなか会えないなーちょっとさみしいけどまあ二度と会えないわけじゃないし』などと思っていたのだが、なんだよ、男女交際を申し込まなきゃ今後会うこともできないのか? 『あんた、五十嵐くんのこと嫌いじゃないでしょう?』 「うん」 『じゃあいいじゃん』 「じゃあいいじゃんていうノリで付き合うものなの?」 『あんたに限ってはそれでいい。じゃあ次から選んで。五十嵐くんのこと好き? 嫌い?』 「その二択しかないの?」 『ない』 「それだったら……好き?」 『よし決まった! 早速申し込んでこい!』 申し込め、申し込めって、なんだか男女交際じゃなくて決闘でも申し込みそうな勢いだが、結局私はアユに言われるがまま正月明けに五十嵐くんをいつものファミレスに呼び出した。つまり、私は男女交際してもいいぐらいには彼に好意を持っているのだ。今まで彼氏いたことないからなあ、みんなどのへんの、こう、ボルテージ?あたりで申し込んでいるのだろうか。わからん。 時間ぴったりに現れた彼にまずは年始の挨拶をした。 「あけましておめでとう」 「おめでとう。実家でのんびりできた?」 五十嵐くんは黒のダウンジャケットを脱ぎながら柔らかい笑みを寄越す。 「うん、例のお母さんのお相手とも会ったよ」 「へえ。どうだった?」 「すごーく感じよかった。ただヒナの態度は微妙だった」 なんか想像つく、と五十嵐くんが笑った。彼の笑い顔は結構好きだ。 そしてお正月の話やら、来月行く予定のそれぞれの卒業旅行の話やら、昼食をとりながらいろいろ話した。 「で、今日は? どうしたわけ」 「あ、うんあのね、実はちょっとお願いがあって。あの、付き合ってもらいたいんだけど」 「うん、いいよ。──あ、すみません、コーヒーおかわりください」 ちょうど通りかかった店員さんに五十嵐くんが頼んだので私も便乗する。 「あ、私もおかわり欲しい。すみませんミルクは3つください」 「どんだけ入れるの」 「砂糖は入れないんだけど、ミルクはたっぷり派なんだよね」 「いっそカフェオレ頼めばいいのに」 「おかわり自由はホットコーヒーだけなんだよ!」 相変わらずだね〜、と五十嵐くんはけたけた笑う。 なんかあっさりOKされた。よかった簡単に済んで。はー、これでまずひとつ用件は済んだ。あとなんだっけ、なんか用があったんだよな個人的な……。そうだ、ツバのサッカー雑誌! 正月にやったボウリング勝負で負けて買わされるハメになってしまったのだチクチョウ。確か発売してるはず。あいつうるさいからとっとと買って送りつけなくては。なんていう雑誌だったかな……。 「で、どこに行くの」 いいタイミングで五十嵐くんが私にたずねた。おお、何故わかった! 「駅前の本屋寄りたいんだ」 「本屋ね、いいよ」 そんなわけで、私は五十嵐くんとファミレスでごはんを食べながらおしゃべりしつつ交際を申し込んでOKを貰い本屋に寄ってサッカー雑誌を教えてもらって購入してからアパートへ帰ったわけです。ちゃんちゃん。 ***** 「ちょ、ちょっと待って。今のどこが交際を申し込んでたの? 告ってもいないじゃん」 「だろ? さっぱりだろ? わからないだろ? わからないよな!」 後藤くんの援護射撃を受けて、五十嵐くんがそら見たことかとまくしたてる。 「付き合って、って言ったじゃん」 「あんな“溜め”とか“あらたまる”とかない状態の、もののついでみたいなさらっとした言い方でどうしたらわかるっていうんだよ! 絶対本屋でサッカー雑誌買うの付き合えってことだと思うだろ!」 知らん。 (after word) つづく! [contents][next] ×
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