ナーサリーライム | ナノ


ナーサリーライム
「ぼくのおかあさんのかわりになってほしいんだ」。男の子と小さな小さな花の精とお父さんのお話。






あるところに、おとうさんと おとこの子の 二人かぞくがすんでいました。
おかあさんは ほしになってしまっているけれど、二人はなかよくくらしていました。

あるふゆの日、おとこの子が こうえんへあそびにいくと
ジャングルジムのよこに生えている大きな木のとちゅうのえだで、
ねこがにゃあにゃあと ないています。

ヒナでもいるのかな、と おとこの子が ねこのかおがむいているほうを見ると
えだの先に おんなの子のにんぎょうが ひっかかっています。

もっともっと よく見ると そのにんぎょうはうごいているような気がします。
そして、にんぎょうのくびのうしろのふくが えだにひっかかっていて、ぶら下がっているようです。
そのうえ、なんと うごいて「たすけてー」といっているではありませんか!

おとこの子は ジャングルジムにのぼって、にんぎょうにちかづきました。

にんぎょうは びっくりして、いっしゅん おとこの子におびえましたが
ねこと おとこの子と かわるがわる見て、
そして、おとこの子にいいました。
「かぜにとばされて ひっかかってしまったの。おねがい、たすけて」
おとこの子は、ジャングルジムのはじっこから、そうっと手をのばして
にんぎょうをとると、うわぎのむねのところのポケットに入れました。

「ちょ、ちょっとー! せめてあたまを上にして!」

こうして、おとこの子と にんぎょうは 出あったのです。



「きみはにんぎょうなのに生きてるの?」
こうえんのベンチで、おとこの子はポケットからかおを出しているにんぎょうに はなしかけました。
「わたしはにんぎょうじゃないわ。お花のようせいよ」
にんぎょう……ではなく、花のせいがこたえます。
「ふゆでも、花のようせいっているんだ」
おとこの子は こうえんをぐるっと見まわしますが、花はひとつもさいていません。
「ふつうなら ふゆのあいだは 土の中でねむっているの。そしてはるに出てくるの。
でも わたしは あんまりたいくつだから、出てきてしまったの。
それで ふゆがめずらしくて ふらふらあそんでいたのだけれど
かぜにふきとばされて、さっきみたいなかんじになっちゃったのよ」

どうやら かなりおてんばな ようせいのようです。

「たすけてくれた おれいをするわ。なにがいい? いまはむりだけど、はるになったら あなたのおうちのまわりに いっぱいお花をさかせましょうか? それとも みつばちにたのんで たっぷりのはちみつをとどけましょうか?」

おとこの子はかんがえます。
「べつに おれいは いらないけど……でも、そうだな、おねがいがある」
なあに、と花のせいがききました。
「ぼくのおかあさんのかわりになってほしいんだ」

これには花のせいもびっくり。

「ちょっとまって。おかあさんのかわりをしてあげたいけれど、ごらんのとおり、わたしのからだはこんなに小さいの。だから ごはんもつくれないし、せんたくもできないし、あなたをだっこもできないわ」
「そういうのは、いらないんだ。そうじゃなくて……」
おとこの子は 花のせいに、こっそりせつめいしました。

花のせいは「わかったわ。それなら だいじょうぶ」と ひきうけると、おとこの子のポケットに入ったまま いっしょにおとこの子のうちへ かえりました。


***


さて、ある日、おとこの子が きんじょのこうえんへ あそびに出かけていくと
おとうさんは おとこの子の へやに入りました。

「あいつ、ぜったいなにか かくしているはずだ」

そうなのです。
さいきん おとこの子は、あさごはんやばんごはんを すこぅしのこして あとでこっそりへやにもっていったり
ぎゅうにゅうを コップにすこぅしだけ入れて、へやにもっていったりしているのです。
おとこの子はかくれて やっているつもりでも おとうさんにはわかっていたのです。おとこの子は まだ小さいですからね。
ちかごろのおとこの子は、まいにちとてもきげんがよく にこにこしています。
おとうさんがしごとでおそくなっても あまりはなせなくても 気にしていません。

「きっと 子犬か 子ねこを ひろってきたんだ」

そのわりに、なきごえなどは ぜんぜんきこえては こなかったのですが
おとうさんは、へやにかくれているのは 犬かねこだと おもっていました。

そうして へやにはいってみると、かわったところは 見あたりません。
ベッドの下や クローゼットの中を 見てみましたが、なにもいません。
どうぶつとくゆうの においも しません。
むしろ 花のような いいかおりが ただよっていました。

「おかしいなあ」

おとうさんは すこぅしかんがえてから、わざと足音をたてて へやのドアをあけて またしめました。
そして だまってそのばで、じいっとしていました。
すると……

「ふうー、おとうさんったら けっこうしつこかったわね」

おんなの子のこえが したのです!
いったい どこに!?
おとうさんはきょろきょろしましたが、人らしきかげは どこにも見えません。
すると

「あっ!」

また おんなの子のこえがして まどのカーテンが ゆれるのがわかりました。
おとうさんは まどぎわにいって カーテンをめくってみました。
そこには……

人のゆびほどの 小さな小さなおんなの子が しゃがんでいたのです。

「うわー!」
「きゃー!」

おとうさんと 小さな小さなおんなの子は おたがいのすがたに びっくり。

「きみはだれだ」
おとうさんの といかけに、小さな小さなおんなの子は ひらきなおって どうどうといいました。
「わたしは 花のようせいよ」
「ここでなにをしている」
「このへやの 小さなおとこの子の おかあさんのかわりを しているの」
    
おとうさんはまゆをしかめると、花のせいのくびのうしろのふくをつかみ ひょいっとつまんでもちあげました。
そしてまどをあけて ほうり出そうとするではないですか!
「きゃー! まってまって! はなしをきいて!」
「あの子のおかあさんは もうこのよにはいない。だれもかわりには ならないんだ」
だいいち、おとこの子に ごはんののこりをもらったり ぎゅうにゅうをもらったりしているのだから
おかあさんどころか せわをしてもらう赤ちゃんのようではないですか。

おとうさんがそういうと、
「そういうかわりじゃないの」と、おとうさんのゆびにぶら下がりながら 花のせいはいいました。

「あさおきたら にっこりわらって おはようっていうの。
出かけるときは いってらっしゃい、かえってきたら おかえりなさいっていうの。
それから 学校であったできごとや あたらしくならったべんきょうの はなしをきいたり、
こうえんで見つけた へんなかたちの石ころを見せてもらったりするの。
ごはんののこりをもらったら おいしいね、っていって
そうすると、おとうさんのごはんはおいしいんだよってじまんするから
そうだね、すごいねっていうの。
そして ねるまえには おやすみっていって、ほっぺたをなでて 子もりうたをうたってあげるのよ。
それが あの子のおかあさんのかわりなの」

おとうさんは 花のせいをつまんだまま だまりこんでしまいました。
おかあさんが ほしになったとき、おとこの子はいまよりもっと小さくて まだようちえんにも いっていませんでした。
おとうさんは 一人でいっしょうけんめいに おとこの子をそだてましたが
それは いまおもえば からだをそだてていただけで、こころまではそこまで気にかけてなかったかもしれません。

すこぅししょぼんとしたおとうさんを見て、花のせいはあわててつけ足しました。
「でも、おとうさんのことは大すきなのよ。おとうさんが いっしょうけんめいはたらいて、がんばってくれていることを あの子はわかってる。あの子は 木のえだにひっかかって ねこにねらわれているわたしを たすけてくれたやさしい子だから」

いま 小さな小さな花のせいをつまみあげて そこへほうり出そうとしているじぶんは とてもやさしいとは おもえません。
けれど、そのじぶんの子どもの、この小さな小さな花のせいを たすけてあげたおとこの子は、そんなおとうさんでも 大すきだというのです。

おとうさんは、花のせいを そうっと下ろしました。そしてあやまりました。
「らんぼうにしてすまなかった」
「い、いいのよ……」花のせいは くびのうしろをさすります。

「きみは いつまであの子といっしょにいてくれるんだい? いつまであの子の おかあさんのかわりを してくれる? もしできるなら もうちょっとだけ おかあさんのかわりをしてやってくれないかな」
おとうさんは ていねいに 花のせいにたのみました。

花のせいは にっこりわらって うなずきました。


***


それから、はるのきせつのときだけ 花のせいは「おしごとだから」と ちょくちょく るすにしましたが 
(なつとあきも 花はさきますが、この花のせいの さくきせつでは ないそうです)
あとは いつも おとこの子のうちで おかあさんのかわりをしました。

たまには おとうさんのはなしを きいたりして おくさんのかわりもしました。

こうして、二人かぞくだったおとこの子のうちは いつのまにか三人かぞくになって
おとこの子が おとなになるまで なかよくくらしました。




おとこの子が おとなになったあとは どうしたかって?

さあ、どうしたでしょう。

また、だれかのおかあさんのかわりをしているか
それとも、ようせいのくにへ かえったか
もしかすると だれかのおよめさんになって ほんもののおかあさんになったかもしれません。

    


おしまい


(after word)
「小説家になろう」内 企画『冬の童話祭2014』参加作品

2014.1.17



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