プールサイド 「ねえナナ。あれ青井じゃない?」 夏休みである。8月に入って暑さもさらに倍増。 私は同じクラスの仲良し友だちであるスウちゃん、カオさんと市民プールに来ていた。 ここの市民プールは市営なのに流れるプールやスライダーがあって、なかなかお得。 毎日毎日うだるような暑さの中、スウちゃんからプールのおさそいの電話が来て、もちろん二つ返事でOKした。 そしてそのプールで、私の家の隣に住む、幼なじみのロクを発見したというわけだ。 ロクは流れるプールで、まさに流れるように泳いでいた。すいすいと人をよけ、水しぶきも立てずに魚のように。 そしてそのロクのすぐそばで追うように泳いでいるのは…… スウちゃんがすぐそばでとんでもなく大きい声で言った。 「えっウソっなにっ、マルじゃん!」 ロクのそばで追うように泳いでいたのは、鮮やかな朱色の水着を着た、やはり同じクラスのマルちゃんだった。 *** 「スウちゃん、ちょうど休けいするとこだったんだし、あっちでジュース飲もうよ」 私は、ロクたちのところに行く気マンマンなスウちゃんのうでを引っぱって言った。 「だって、気になるじゃん! なんで青井とマルが二人でプールに来てんの? ナナは気になんないの? あたしは気になる!」 「つきあってんのかなあ。いつの間に。ナナ知ってた?」 カオさんが顔はロクたちの方へ向けたまま、私に聞いた。 「知らないよ。私、ロクのことなんでも知ってるわけじゃないし」 ジュースが飲みたいな。あつい。私は自分たちの荷物の置いてあるところへもどろうと体の向きを変えた。 そこで人にぶつかりそうになってあやまると。 「あっ、赤沢じゃん」 私の顔を見て声をかけたのは、隣のクラスでロクと仲のいい佐藤くんだった。 そこで、1時間に1度の休けい時間がやってきたらしく、係員の吹く高い笛の音がプール中にひびき渡った。 *** 「ふーん、サッカークラブのみんなで来たのかあ」 スウちゃんが、疑問が解決したようなすっきりした顔で言う。 休けい時間に、ロクたちも集まって、そこは10人ぐらいのかたまりになっていた。 マルちゃんは、サッカークラブでたった1人の女子なのだ。お父さんがコーチをしているらしい。 「そうだよ。そんで今はだれが何分で流れるプールを一周できるか競争してたんだ。1位がロクで2位が丸山だった」 お前らもやる? と佐藤くんが言った。 「えー、あたしそういうのいい。タイムとかは、学校だけでじゅうぶん」 スウちゃんが苦い顔をすると、カオさんが笑った。 「スウは水泳苦手だもんね」 それよりもさ、とスウちゃんが続ける。 「マル、うちらと遊ぼうよ。大きいイルカのフロート持ってきてるんだよ。女子一人じゃつまんないでしょ?」 マルちゃんは、ちょっと考えて、それからなんとなくロクの方をちらっと見てから 「うーん、でもせっかくサッカーのみんなと来たし。こっちで遊ぶよ」 と言った。 「えー」 スウちゃんは不満そうだ。 私はそんなやりとりをぼーっと聞き流していた。そういえば、自分の荷物のところにもどろうと思ってたんだったな。佐藤くんに会っちゃったからもどってないのだ。なので、 「ねえ、私もどるね。ジュース飲みたいんだ」 とカオさんに声をかけた。 すると、みんなで集まってから初めてロクがしゃべった。それは私に向かってだった。 「ナナ、休けい終わったら、あっちの50メートルプールで競争しよう」 「え」 「もうプールサイドで待ってようぜ。荷物どこ。早く飲むなら飲んで」 そういうと私の手首を取って、歩き出そうとする。そんなロクにサッカークラブのメンバーの1人であるタロウくんが声をかけた。 「えーなんだよロク。なんで赤沢?」 「おれ去年負けてるんだ、ナナに」 ええっ! とサッカークラブのみんながおどろいた顔をした。まあそうだよね。そう思うよね。 実は私とロクはおととしまで同じスイミングスクールに通っていて、陸では運動はさっぱりな私だけど、水泳だけは得意なのだ。それこそ、ロクにも負けないぐらいに。 スウちゃんたちとプールに来ると、最初はそれこそきゃっきゃと遊ぶが、最後の方になると私は一人でがつがつ泳ぐのだ。二人に帰ろうとうながされるまで。 「今年は勝つ! そんでサーティーナインのアイスをおごらせてやる!」 ロクのけんまくにみんなあっけに取られている間に私はずんずんと引っぱっていかれた。いやロク、荷物そっちじゃないから。 「はあ……、まあいっか。ロク、今日はレギュラーサイズのダブルだからね。おサイフの中に550円入ってるわけ?」 「言っておくけど、おれはトリプルだからな。そうだな……今日はオレンジシャーベットにラズベリークリームにカシスソルベってとこか」 その色合いは、私が今日来てる水着の色だった。胸元にフラワーモチーフがいっぱいついていて3段フリルになっている、カラフルでかわいいのだけれど、なんというかガキっぽい水着である(ママが「見てこれめっちゃ可愛い!」と買ってきたヤツだ)。 ロクのヤツ、また人をアイスに見立てて……。 そしてふと思った。 「マルちゃんは、赤い水着だったね」 マルちゃんはセパレートタイプのオレンジっぽい赤い水着で、背も学年一高いカオさんほどじゃないけどでも高いし、5年生のときよりもなんかほっそりして大人っぽかった。 なんというか、前は女の子ながらゴールキーパーをやっていて、もっとがっちりしていた気がする。 「そうだっけ?」 ロクは興味もなさそうに返事をし、そのうちに50メートルプールに着いた。 ふと後ろを見ると、みんながぞろぞろと付いて来ている。げっ、勝負を見る気か。 マルちゃんも目についた。なのでロクに、ほら、とうながしてみる。 「あれはトマトだなあ。でもトマトのアイスってなかったよな……」 ロクは、ちらっとマルちゃんを見て、そんなことをのたまった。 あんたはアイスのことしか頭にないのか。 「トマトのアイスは興味ない。今、おれが興味あるのはオレンジとラズベリーとカシス。休けい開けの笛の音がスタートな!」 力いっぱい言いきられ、スタート台に乗せられる。 「ナナ、がんばれ!」 「ロク! 負けんなよ!」 まわりからみんなの声がぎゃあぎゃあ聞こえる。 なんだかよくわからないけど、今の気分は勝っても負けてもいい、って感じだ。 そして私とロクはスタート台から飛び込んだ。 (afterword) こちらも実は「あらすじ100ものがたり」の中の「市民プールと〜」の元のお話です。気になる男の子がほかの女の子とプールに来てたけど、部活関係だった、みたいなオチ。 [prev][contents][next] ×
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