67プロローグ | ナノ


67
 



「ロク、帰ろう」
 私はとなりの5年1組の教室をのぞいて声をかけた。

「ちょっと待ってろ。いま新聞係の……んーと、打ちあわせ中だから」
 ロクは、佐川さんと机をはさんで向かいあって座っていた。机の上には紙とシャーペン。

「青井くんと赤沢さんて、毎日いっしょに帰ってるの?」
 佐川さんは私ではなくロクに話しかける。

「あ? うん。おれらの家、ちょっと遠いから。前に変質者が通学路によく出てたじゃん。だから母さんたちがなるべく一緒に帰ってこいって」
「家、近いの?」
「となり」
「……ふうん」

 佐川さんは私をチラリと見て、そしてふいっと顔をロクにもどして、ロクに話す。
「でね、その試合のゴールを決めたときの気持ちを教えてほしいの」
 どうやら新聞係の佐川さんが、こないだの日曜のサッカーの試合でゴールを3点決めたらしいロクにインタビューしてるようだ。
 らしい、っていうのは、私は見に行っていないから。ロクは見に来ればって言ったんだけど、親せきの家に行く用事があったので行かなかったのだ。

「ねえロク、私、先帰ってるよ」
 私がそう言うと、佐川さんの口のはしっこがちょっと上がった。
「ダメ。母さんに怒られる」
 ロクが答えると、佐川さんの口が今度はヘのカタチになった。まるで百面相。

 ***

 それから10分ぐらいでロクの打ち合わせとやらは終わって、いっしょに校門を出た。
 佐川さんのオーラがなんかこわかったのだけど、とりあえず気にしないでおこう。
 
 跨線橋を渡って、ポツポツしゃべりながら歩く。テレビの話とか、ゲームの話とか。
 私はふと思い出して、自分のクラスのできごとを話した。
「最近ね、木村くんがやたらアサダチアサダチいうの。アサダチってなーんだ、って」
 ロクがしかめっ面な顔で私を見た。
「女子にね、しつこいの。スウちゃんとか『うるさいなあ、知らないよ。バカ!ヘンタイ!』って怒ってさ」
「……」
「みんな、知らないのかな、と思って」
「……おまえ、知ってんの?」
「え? 知ってるよ」
「……」
「だから、辞書ひいて、アサダチのページ開いて、見せてあげた。朝早く出発することだよって」
 そこで、ロクがまた私の顔を見た。なんだかマヌケな顔だった。
「……それで、みんなは?」
「なんか、シーンってなって。木村くんとカオさんが同時になんか言いかけたけど、そこで先生が教室に入ってきて話は終わった」
 そういえばそのときの木村くんやスウちゃんたちはみんな今のロクみたいな顔をしてた。
 ぷぷっとロクがふき出した。
「なに」
「なんでもない」
 車が私たちのすぐそばを通って、ロクが私の手を引く。
 そのまま手は離されずに、幼稚園のころのようにつないで歩いた。
 そうしているうちにふと思った。
「ねえロク」
「なに」
「私たち、いつまでこうやっていっしょにいるんだろうね」
「……さあ」
「67才ぐらいとか」
 ロクがまた私の顔を見た。今度はマヌケな感じがしない顔。
「なんで67才」
「だって私たちの名前ならべたら67だから」
 67才っていっても全然ピンと来ないけど。なんたって中学生になるのだってピンと来ないんだもん。
  
 そうして、家まであとちょっとのところで、ロクが手を離してから言った。
「67才じゃなくて、76才でもいいんじゃない?」
 76。
 そっかそういうならべ方もあったか。なるほど、とてのひらにグーを当てて(われながらベタなポーズだ)感心していると、
「その方がもっと長くいっしょにいられるし」
と、ロクはバイバイも言わずに玄関のドアを開けて消えてしまった。

「67だって十分長いと思うんだけど……」
 
 私はロクの消えていったドアをしばらく見つめていた。
 やっぱりピンと来ない。67も。76も。



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