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 男の子によって、つかまれたアーロンの手がギチギチと音を立てている。

「お前がどういう理由でこの女を庇うかは理解出来ねェがな。ここでナミが海図を描き続けるのも、この女がここにいることも、こいつらにとっては最高の幸せなのさ!ナミの海図で世界中の海を知り尽くし、この女にはおれの思い描くように願いを叶えさせる!
おれ達魚人に敵はなくなり!世界はおれの帝国となる!!」

美子は、アーロンの言葉にぶるぶると首を振る。腰を抜かしてはいるものの、恐ろしさに後ずさりをしている様子はない。美子は真っ赤に泣き腫らした目で、アーロンを見つめていた。不思議と、美子に恐怖はなかった。

「わたしが、もしも神様なら、」

アーロンの言葉は、人を人とも思わない言葉だ。ナミのことも、美子のことも家畜くらいの認識しかないのだろう。仲間内への愛情は言葉の節から感じられるのに、同族ではないというだけで毛嫌いをしているように感じた。

「ーー貴方には微笑まない」

アーロンの瞳孔が細く、シュッと伸びる。
アーロンが見た目に現れる怒りとは裏腹に、ひどく優しい、穏やかで、諦めたような声で「そうか」とこぼす。

「なら、お前は用済みだ」

喉をしめつけてきたアーロンの手に、美子は苦しげに息を飲んだ。


ほんの一瞬のことだった。
喉を拘束していたアーロンの手が、すんなりとはなれたと同時。美子の体は重力にしたがって、落下をしていった。抜けるような青い空が視界にはいり、ジェットコースターなど比べ物にならないくらいの浮遊感にみまわれる。
壊れた部屋の外に放り出されたと理解して、恐怖のなかで思考だけはやけに冷静だった。夢なのになんだかさんざんな展開だった。海には落ちるし、恐怖の連続で、果てには紐無しバンジーである。

「どうせ夢なら空でも飛べればいいのに」


あーあ、と溜め息ひとつ。恐怖のなかで、美子の思考はぷつりととぎれた。生まれてはじめて、失神というものを体験した瞬間である。
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