20


 部屋から飛び出そうとしたときだった。建物が、地震のように揺れる。聞こえてくるのは激しい破壊音。足元で鳴っていたかと思えば、どんどんと近づいてきている。音の鳴るほうを、辺りを見渡して探った。右、左、下、上。前と、背後。探って、それから飾り窓を見る。開けるような仕組みにはなっていない、その窓から人がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

窓が割れて、ガラスの破片が飛び散る。美子は叫び出したいほどに、恐ろしかったが声にならなかった。びくびくとしたまま、部屋に飛び込んできた男を見つめる。黒髪の、男の子。おそらく年は自分とそう変わらない。赤い洋服に半ズボン。そこから見える手足は、擦り傷だらけで、血も少しではない量が流れている。

「なんだこの部屋、紙ばっか………んあ?」
「!」

部屋をぐるりと見渡した男の目が、美子をとらえた。不思議そうに、はちはちと瞳をまたたかせると「ぎょじん?」と聞き慣れない単語を発した。
ぎょじん、ギョジン、魚人?
美子は、頭の中で言葉を変換させて、首を大きく振った。アーロンたちと同じかと、聞かれたのだろう。生まれてこのかたエラ呼吸などしたこともない。ああ、と男が頷く。

「オマエ、美子か」
「…なんで、名前、」
「ナミがお前見つけたら助けーー」

男の子が飛び込んできた窓からアーロンが、周りの壁を巻き込んで入ってくる。見通しが良いというのか、開放感があるといえばいいのか。悪い方向へとビフォーアフターした部屋を呆然と見つめた。
アーロンの手には大きなノコギリに似た刃物がある。背筋がぞおっとこおる。どう使うかなど、一目瞭然だった。木を斬り倒したり、家を作ったりすることが目的でないことはいくら何もない田舎で育った美子にだって理解できた。アーロンの視線が美子をとらえる。つい先程、出会ったときとは比べ物にならないほど恐ろしい目をしている。

「これは全部、8年間かけてナミの描いた海図だ。魚人にとって海のデータを取ることは造作もねえが問題は測量士。世界中探してもこれ程正確な海図を描ける奴ァ、そういるもんじゃねェ……!!あの女は天才だよ」
「へー」

アーロンの目が、美子をとらえて離さない。空気が針の筵のように肌に刺さる。怒っている、と本能で感じた。恐ろしさに腰を抜かす。蛇に睨まれた蛙のような状況だった。

「持ち合わせた才能を無駄にすること程、不幸で愚かなことはねェ!!
お前もだ!おれァ、人並みに扱って欲しければ言うとおりにしろと言ったはずだ!」

アーロンが腰を抜かした美子に近づいて、手を伸ばした。迫り来る手に、美子は目を瞑る。痛みがくるかと思ったが、一向に思っているような衝撃がこない。恐る恐る目を開けば、男の子がアーロンの手をつかんでいる。
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