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「連れていけ」

アーロンのひとことに、美子の顔はみるみるうちに真っ青になった。どうして。なんで。どこに。周りにいた男たちが、美子を後ろ手に拘束をして歩き出す。
ナミが、返してとまるで子供のように叫んで追いかけようとしていたが薄ら笑いを浮かべる男たちに行く手を阻まれた。アーロンは大きく笑うと「わるいな、ナミ」と口を開く。

「そういえば、お前がおれたちから買った女だったな」

海に浮かんで、ただ死を待つだけだった女。それを海王類モームが気まぐれに拾ってきて、このアーロンパークへと連れてきた。人間の女など価値もない。再び海へと返されそうになった美子を、拾い上げたのはナミだった。

ーー私の手伝いをさせるから、その子を売って

アーロンとの取引は金で行われた。二百万ベリー。決して少ない額ではない。
二百万ベリーで売り渡した、なんの価値もない女をアーロンはまた自分の手に納めようとしている。

「ーー事情が変わった。…そうだな、」

懐から、帯がついた札束を四束。アーロンはそれを取り出してナミに放り投げた。宙を舞った札束の帯はとかれて、花びらのようにはらはらと地面に落ちていく。

「倍で買い戻してやる」

よかったな、とアーロンが笑う。
ーーお前の大好きな金だ。

口にして、馬鹿にして、笑い飛ばした。ナミの頬が羞恥と怒りで赤く染まったのを美子は見た。

「なんてこと言えるの!!!いますぐ"謝っーー」
「口を開くな」

アーロンの手が美子の口を塞ぐ。やわい頬をかたちが変わるまで強くつかんで、さとすように口を開く。

「お前の"それ"は、価値のあるものだ。おれが使ってやってもいい。ただし、逆らうな。抗うな。人並みに扱って欲しければ言うとおりにしろ」

女を監禁だなんてしたくないんだ、と口にしたが逆らえば監禁すらいとわないという口ぶりだった。恐ろしさに身を震わせる。
アーロンが手を美子の頬から離せば、口を開くことはせず、ほろほろと涙を流して怯えるばかりだった。






アーロンの手によって美子は塔の最上階へと連れられた。辺りを見渡せば、部屋を占める紙の量に圧倒される。紙には地図が描かれている。ナミに見せてもらった、海図とよばれるものなんだろうと理解した。数えきれないほどの地図と、本棚。机に椅子。宝箱と、小さな窓。

「ナミの部屋だ。いずれお前の部屋も用意させる」

ーー部屋!
叫んでしまいたかった。これが部屋なのかと。娯楽も、ベッドも見当たらない。海図を書くためだけに与えられたような、小さな牢獄にしかみえない。
あまりの光景に唇がわなわなと震える。どうしてこんなことが出来るのと、まるで奴隷ではないかと、非難する目でアーロンを見つめる。
アーロンは美子を見下ろしていた。ただただ威圧的だった先程とは違う。ーー使ってやってもいい、と傲慢に言ってのけたその男の表情にすこしだけ影が落ちる。

「おれの願いを、叶えてくれ」

ちいさく、消え入りそうな声だった。神様に願い事をするかのような、焦燥感と、切なる望みに満ちていた。美子は声にならないまま「どうして」と唇だけ動かす。どうしてわたしに言うの。どうして貴方が悲しそうにするの。なにを望むの。

「わ、わたし、神様なんかじゃないのよ…」

ようやく言葉に出来たのはそれだけだ。
高校生の美子は誰かの願いを叶えてあげられるような特別な人間ではない。
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