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考えるよりも先に声が出た。
この場に響いた笑い声も、あたりをうずまく空気も決していいものではなかったから、ナミがこの場にいることが、美子のなかで噛み合わなかった。足を一歩踏み入れて、魚類の集団に声をかける。びりびりと肌にささる視線はなんだか居心地が悪くて、それでも美子の視線はナミにだけ向いていた。集団の真ん中、大きな椅子にゆったりと腰をかけている、鮫に似た人型のそれは大きな手でナミの顎を掴んでいる。女性にしてみれば、決して低くはないだろうナミの身長はまわりと比べれば遥かに小さく。美子からはナミの背中しか見えないが、その肩が小さく震えているのが見てとれた。
「ーーな、なに、してるの…?」
いろいろ聞きたいことはあったけれど、やっとのことで出た言葉は同じことの繰り返しだった。
ナミの顎を掴む鮫の男は、美子を一瞥すると、鼻で笑い、「死に損ないが」と吐き捨てた。そして、顎で美子をさすと周りの魚の姿をした男達が美子に歩み寄ってくる。ナミは鮫の男の手に掴まれながらばたばたと暴れだした。暴れて、口元を塞いでいた手から僅かに逃れると、張り裂けんばかりに叫ぶ。
「手ェ、出さないでよ!!!
ーー私が!!あの子を買ったでしょう!!!」
美子はナミに、助けられたのだとノジコは言った。てっきり溺れていたところを偶然助けてもらったのだ、くらいの認識だったが、違うのだ。どういう経緯かはわからないが、おそらく自分は最初はここに行き着いたのだ。この人型の魚類の群れのなかに。のたれ死んでもおかしくなかっただろうに、ナミは自分を金で買ったのだろう。助けるために。
ゆめは、いつだって、幸せなものだった。
なりたい自分になれる。したかったことが出来る。綺麗なものだけがある。
なのに、夢のなかなのに、どうして。
美子の目からぼろりと涙が落ちた。
こわい、
帰りたい、
夢からさめたい。
……ナミちゃん。
色んな思いがぐるぐるとうずまく。鼻のおくはツンと痛くて、目からはとめどなく涙が溢れる。喉はひきつって嗚咽がこぼれた。
ーーばあちゃんの家系の女の子はね、夢をみるの。そして選ぶのよ。
選んでいいなら、いまがいい。
「″ナミちゃんを、離して!″」