普段は大人しい名前も、普段は優しいフリッピーも、ちょっとした事から気性が急変してしまうのは皆が知っていたことだ。
だから皆彼らと会ったときはいつも以上に慎重に過ごさなきゃいけない。…いつも失敗に終わるけど。

そのときに必ず思うのが僕らと彼らとの距離だ。どこか一線引いて関わる僕らはどうしてもフリッピーと名前には悲しい思いをさせてしまっている。怯えてしまうのだ。僕らは、普段の二人にも無意識に恐怖している、二人はそれに気付いているんだろうし、少なからず傷付いている。
それでも笑いかけてくれる二人に、名前に、僕は無意識に惹かれていた。強張る身体に反して心は喜んでいた。怯えられていると知りながら、この街の皆が好きだと言ってくれた名前に僕は安心していたんだ。



ランピーが運転するトラックが突如暴走してギグルス達を轢き潰すのは見えていた。まさか次の瞬間には自分も轢かれていて、容赦なく僕を引き摺る前輪が止まれば目の前には名前とフリッピーがいるとは誰が想像できただろうか。
出血多量でぼんやりと靄のかかった頭でも、名前の姿だけはきちんと捕らえることができた。
下半身はとうに吹き飛んでいて、いつもなら痛みと出血に意識を飛ばして明日になる。
それでも僕が今意識があるのは、彼女のおかげで、彼女のせいだ。

だって彼女は、名前は今、僕の指を咀嚼している。目の前に転がった屍同然の僕を見て「あら、そこそこ美味しそうな肉の塊だわ」なんて呟いて僕の手に歯を立てた名前に心底驚いた。君にそんな性癖があったなんて、僕びっくり。


「ねえカドルス、今どんな気分?」
「…悪趣味、どうせ聞こえてねえよ。もう死んでる」
「…そう」


ばきり、中指の骨を噛み砕かれる。
もう感覚がないから何も痛くはないし辛くないけど、今どんな気分かって言われたら名前の言葉に返事を返せない自分にイラついてる。ああでも、同時に名前に飲まれた僕の肉片たちに嬉しさを感じたよ。名前に食べられるなら本望さ全部食べてね。


「…おい」
「ん?」
「付いてる」
「あらありがとう」


名前の頬についた血を親指の腹で拭っているフリッピー、それをくすぐったそうにしながら甘受する名前。霞んだ視界で二人だけの素敵な空間が見えてしまった。
ちょっとやめてよ死にかけで食われかけの僕を挟んでいちゃつかないで。

恨めしそうに睨んでしまったけれど、そこに僕は二人と僕らの間にできた壁を見た。見てしまった。
壁を作ったのは僕達、それで二人を囲って目を離したのだから似た者同士の二人の関係が深くなるのは目に見えてわかる。追い討ちをかけるごとく壁を高く分厚くしたのも僕達。
でも、名前に恋しちゃった僕はどうしよう。告白もする前から玉砕コースだ。今さら入るところなんてそもそもないのだと、今のお前みたいに惨めで滑稽な思いだと壁に笑われた気がした。


「…名前、」
「なあに?」


僕の片腕を食べきった名前の口元に付いた血を今度はべろりと舐めとったフリッピー。どちらかともなく寄せられた二人の唇に目を反らしたくなった。だいたい予想はしてたけどこうも見せつけられるとは。
二人はお互いを必要としてる。
ああなんでよりにもよって僕は名前を好きなんだ。
いっそはやく死んでおけば良かった。そうすれば二人のこの関係を知らないままの僕がいることができたのに。
フリッピーとのキスに満足したのか、名前は「帰りましょうか」と僕の残りを放った。え、待ってよ名前、どうせなら全部食べて欲しいな。
ぐっと力を入れてなんとか這いつくばろうとした僕と目があったのはフリッピー。笑いながら「あ、なんだ生きてやがった」なんて、緑の彼は僕に銃口を、そして引き金を躊躇なく引いた。
おいそこの軍人、本当は僕が意識あること知ってたんじゃないか?お前だけは許さねえファック!!やっぱノーファックで。




―そして貴女に聞こう―


あ、ねえ名前、僕はどんな味がした?