「わたし、死んだら土に還るの」


物心ついたときから名前はそう言うようになっていた。
少し色素の薄い黒目を地面にむけてぼんやりとしたような、しかしどこかしっかりとした声で発せられるその声。
幼馴染みで、同じ研究者にいて、いつも一緒にいて、時折わけのわからないことを言うのは知っていたけれど、それを初めて聞いた時は馬鹿馬鹿しいと思った。
今時人は死んだら火葬されて、骨だけになって、両手で抱えられる程の骨壺に入れられて冷たい墓石の下に行く。
魂は天に召されるだとかなんとか。舞い上がる煙りは天に届いて死に行く人の通る道になるだとか。そういう、まぁ、何て言うの?安らぎ的な物を火葬することで与えるとか、この世に縛られなくなるとかそんなもんだと俺は思ってる。
まぁ、この学園都市ではそんなことがあるのかもわからない。ましてや俺達みたいな能力者が死んだのなら、その死体さえも回収されて研究材料となり得る確率のが高い。


土に還る。
珍しく名前の口から聞いたその台詞は昔と変わらない。
ただ一つ、ぼんやりとしたようじゃなくてはっきりと明確に聞こえたのは気のせいだと思う。


「またどうしてそんな事」
「ん?土に還りたいんだよね、なんか」


どうやらわたしの前世は土竜か何かのようでね、死んだら土に還るのがどうしても譲れないみたい。土に還って、この世界のすべてになれるの。
すごいよね。と言って隣を歩く名前。幼い頃より伸びた髪は風に靡く度にどこか清らかで、目があった時にふわりと笑った顔は今にも次に瞬きした瞬間には溶けて消えてしまいそうだった。


「ねぇ帝督、私が土に還ったら一番に貴方に会ってあげるよ。約束」
「はっ、どうせ死んでもどっかの研究者どもにいじるだけいじられてポイだっての」
「わたしは研究者には捕まらないよ」
「どうだか」
「絶対に、捕まらない」
「………へぇ」


そこまで過信出来る理由が知りたかった。
名前の真っ直ぐな瞳は、自分が死んだら研究者に捕まらない絶対的な理由がある。
まぁ死ぬのなんてまだ先だろう。俺達はそう簡単には死なない。
風に靡くその柔らかな質の髪を優しく撫ぜたら、名前は嬉しそうに笑った。




名前が、死んだ。
ふとそう思った。第六感というものなのか知らないが名前という個体がこの世から消えて、すべてに溶け込んだ気がした。
彼女はどうやら土に還れたらしい。土だけじゃなくすべてになれたのだ。
だからと言ってこの世のすべての中に彼女が溶け込んでいるというような確信は1ミリたりともない。
ただ、風にのって香る土と太陽の匂いが彼女を思い出させる。
なんだ、死ぬときくらい言えよ。
一番に会いに行くなんて、そんなの、見えなくちゃわからない。


「俺も、還れるかなぁ…」


いつか自分も死んで、土に還れたら名前に会えるかもしれない。
頬を伝った水滴は染み込むように土に消えた。




―土に帰す、土にキス―


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これは土に還る子視点を書いてみても良いような気が…うーん…

火葬とか土葬とか天に召される的な話は私が思っている事を書いているので色々と間違っていると思います。そういうのに詳しい方がいましたらすみません