最近、名前を見ていない。
最後に見たのは1週間程前に女性陣でお茶会をしている姿で、愛しい彼女を抱き締めに走って向かった後にお茶会をめちゃめちゃにしてしまい怒られたのだ。
それからぱったりと名前の姿を見なかった気がする。いや、見ていない。これは断言できる。
仕方なくカドルス達に名前はどこかと聞けば、皆決まって遠くへ出掛けたなどと言ってさそくさと私の元を離れていってしまう。
そうか、名前は出掛けたのかと納得できるわけなく1週間たった今日、名前の家へと訪れた。


「やぁ名前!」


いつものように窓ガラスを割って入って名前を探す。たいていこの時間は好きなテレビ番具をみているはずだ、そして決まって私を小突いてからお茶を入れてくれる。
なのに、彼女はいなかった。


「…名前?」


さては今日は寝坊でもしているのだろう。それか本当に出掛けているのか。そろりと音をたてないように名前の部屋へと足を運ぶ。
なぜか、さっきから心臓の音が五月蝿い。それは好きな人の部屋に入るからという緊張の意ではなく、異様な胸騒ぎからくるものだ。いつもは勢いよく開けるドアもゆっくりと開ける。
中を覗けばベッドのかけ布団に膨らみを見つけた。


「なんだ、いるじゃないか」


規則的に上下する膨らみを見て安堵の笑みを浮かべる。


「名前、名前、起きるんだ。もうお昼を過ぎているよ」


彼女の頬に手を添えて耳元で声をかける。いつもの彼女はこの行動がどうも恥ずかしいらしくてすぐ飛び起きていた。
それなのに彼女は、


「…ん、ディド…?」


なぜか何も抵抗もなしに目を開く。極力体を動かさないようにしているのか頬に添えた手を祓おうともしない。


「そうさ、君だけのヒーロースプレンディドさ。さぁ起きて、いつものとおりに私を小突いて笑ってくれないかい?」


頬に添えた手の先から体温が下がった気がした。何か、彼女はよからぬことを口にしそうな気がする。
かたかたと震えてきた手と再度五月蝿くなった心臓の音を無視して彼女の言葉を待った。そして彼女は目を細めて力なく笑った。


「…ごめんねディド、私、体が動かなくなったの」
「…え」


今度は頭から爪先までの血の気が一気に引いた。体が動かない?それは昨日にとても酷い死に方でもしたのかい?回復が遅れるなんて珍しいね。でも明日になればきっと良くなっているさ。
一気にまくし立てるように言葉を並べる。その言葉を聞いた彼女はただ頷いて、治らないよと言った。


「…ど、して」
「……寿命」


寿命。唯一、このハッピーツリーのある街で本当の最後を迎える要因。
死んだら次の日には生き返るこの奇怪な街では寿命にならないかぎり何度でも死に、生き返る。それが当たり前だと思っていた私達にとっては寿命とはいまいち理解しかねる。


「でも、名前、君はまだ、先が長くても可笑しくない年齢だろう?」
「…元々そう長くはなくてね、これでもこの街に来て少しは良くなってたの。でもね、数日前から身体は限界だったみたい」
「だって、名前をまだ私の家に招待さえしていないよ。名前は私のヒロインだろう?ヒーローより先にヒロインがいなくなる物語なんて聞いたことがない」
「…ごめん」
「謝られても、困る」
「…うん、ごめん。ごめんね」


名前の首にゆっくりと腕を回して、ぎゅっと抱き締める。名前の体はもう硬直していて、どことなく冷たい。


「…寝込んでいるの、誰に聞いた?」
「カドルス達さ、彼らには名前は出掛けていると言われたよ」
「…私がカドルス達に頼んだの。どうしても、ディドにだけは知られたくなかった」
「どうして」
「お別れが、寂しいから……っ」
「…そんなの」


そんなの、何も言われないでさよならのほうが私は辛いよ。
名前の瞳から溢れる涙を拭ってさっきよりもきつく抱き締める。
できるなら、私の寿命を、生命を、半分名前に分けてやりたい。同じ分生きて同じ寿命で死ねるなんて最期まで幸せなことじゃないか。
そんなこともできる訳もなく名前の時間は減ってゆく。


「…ディド」
「…なんだい?」
「…眠い」
「…私は、名前を寝かせたくない」
「でも、もう私にはディドが見えてないの」
「私ならここにいる」


焦点の合わなくなった名前の視界にめいいっぱい自分が映るように顔を近付けてゆっくりと口付けを落とす。


「…ありがとうディド。今、すごく幸せだよ」
「ああ、私も幸せだよ」
「だから、この幸せな気分のまま、寝たいな」
「…ああ、寝かせてあげよう」


もう、おやすみ。
ゆっくりと瞼が閉じると同時に、また口付けを落とした。




―幸せな君へ―


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ハピツリの世界の寿命での死はどんなんだろう的な感じで書いてみました。死ネタとかはまる