ぐっと掴まれた私の右腕と、彼のしたり顔。


「…何かな、垣根帝督クン」


正直、この男とは一切の関わりを持ちたくはなかった。
仕事をするときだってわざわざ頼み込んでこいつと会わないようにしてもらったし、こいつを見つければすぐに能力をフルに使って逃げた。なぜか、と聞かれれば特に理由はないがどうやら私は生理的にこいつを受け入れたくないらしい。身体中の組織、細胞、至るところが拒絶し始めるのだ。


「いやぁ、苗字サンをやっと捕まえたと思って」


にこり、と悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべて垣根はギリギリと私の手首を掴む。その両目には逃がさないという意がひしひしと伝わる。


「離して、くれないかなぁ」
「離したら苗字サン逃げるでしょ」
「当たり前じゃん。逃げるために離してもらうんだから」


掴まれてる腕とは反対の手でやんわりと垣根の手を離そうとする。
そう見えるのは周りからだけであり、実は結構力を込めて垣根の手を掴んでいる。それに負けじと垣根も対抗して両者共引かないのだ。二人とも笑顔に見えて実は表情筋は十分にひきつっている。


「…離せってのクソガキ」
「…苗字サン口が悪いっスよ?」
「あんたみたいなクソガキには使って良い口調なの」
「クソガキクソガキって、たったの一歳差じゃねぇか」
「一年の経験の差は広いのよ」


こちらから引っ張るのをやめれば、力の均衡が崩れた垣根は自然と後ろへ足が動く。その瞬間に重心のかかった片足を崩せば、彼はそのまま後ろへ倒れた。その時に出た間抜けな声は忘れはしない。


「がっ…!」
「じゃーね、垣根帝督クン。もう二度と会いにこないことを期待してるよ」


人混みに紛れるように足を進めてからチラリと後ろを盗み見るとこちらを見つめたままの垣根と目があった。
ニヤリと口角を上げて「また明日」と動かされた口に鳥肌がたった。




―明日なんてこなければいい―

(名前、)
(死ね)