「はいはーい、おはようございますー。こちらは間引き管理課でーす」


言葉使いさえ軽いものの、彼女の持っているものはとても重々しい。
なんの躊躇もなくガチャリと構えたそれを、今日は何回ぶっ放すんだろう。ナマエさんはいつも眠そうな表情をしていて、敬語だけど間延びしたような話し方をしている。回りには無気力な職員と思われてるらしいけど僕はそう思わない。彼女の意思はしっかりしているし、仕事も寸分の狂いもなくやっている。特に間引き期間になるといつもより嬉しそうに仕事をしている姿を僕は幼い頃から見ていた。
僕はまだ間引き対象年齢になっていない。それのおかげと言うべきか、間引きに対して危機感というものを知らないから、今もこうして彼女の仕事姿を十分に見ていられるのだ。
彼女が歩くたび、艶やかな長い髪はさらさらと揺れる、いつもより姿勢の良い歩きでカツカツとヒールを鳴らすナマエさんは持っているものが銃ではなく手帳とかだったら完璧に働く女性だ。僕はそんな後ろ姿に話しかける。


「おはようございます、ナマエさん」
「ん、…ああカドくんじゃないですか。おはようございます」


彼女が振り返ったと同時に銃口を向けられたが僕だとわかった途端、それは下げられた。
眉を垂らして困ったように笑う姿はまるで人を殺す人には思えない。


「良いの?こんなんでも私は間引き管理課だから、間引き期間はあんまり誰も寄ってこないですよ?」
「うん、だから?」
「明日は我が身って訳じゃないけどカドくん、来年は我が身ってやつです。…私なんかとお話しちゃって怖くないんで?」
「来年は来年で考えればいいでしょ、今はナマエさんとお話したい」
「あらあら随分おませになったようで…来年もそのおませな姿を見れるように間引きがないことを祈ってくださいな」


そうなのだ。来年になれば僕は間引き対象になってしまう。今みたいに間引き期間にこうしてナマエさんの近くに寄って気軽に話だってできないのだ。それがどれほど悲しいことか。
……いや、そんなことよりも今はナマエさんが僕の年齢を覚えててくれたことが嬉しい。しかも心配してくれるなんて、今日はなんて良い日なんだ。ああ、でも僕は来年になっても間引かれない自信は持ってるから。
ぎゅうっとナマエさんの腰に抱きつけば「邪魔」と言われて剥がされる。たまたま目の前を歩いていた男性に向かって射撃を始めたナマエさんの楽しそうな横顔にゾクリとした。また邪魔だと言われそうだけど関係ない。するりと首に腕を這わして、彼女の耳元に口を寄せた。


「あのねナマエさん。僕、ナマエさんと同じ仕事につくことになるよ」


ガチリ、弾切れの音がした。


「あ、え、それ本当?です?」


驚きを隠せない様子のナマエさんは普段の眠そうな目をいつもより見開いてこちらを凝視してきた。指先は、落ち着かないのか弾切れのままトリガーをガチガチ鳴らしている。
さっきまで撃たれていた男は地に伏して動かなかった。


「多分、なんとなくだけど。来年になったら僕は検査を受けるつもりだから」
「ふーん、あの検査を受けるんですか。死ぬより辛いものがあるって聞いたことなあい?」
「ナマエさんも経験したんでしょう?痛いのは苦手だけどナマエさんと一緒の仕事につける可能性があるなら僕は受けるよ」
「カドくん本当にマセたねぇ…」


呆れたように呟いた彼女はいつもの、あの眠たそうな表情に戻っていた。
弾切れした銃を放って撃った男に近寄る。傷口を確認しながら彼女は無線を手に取った。どうやら今日の彼女のノルマは終わったらしい。


「今回は随分長いよね。まだ規定人数じゃないの?」
「生憎そうみたいで。上の連中が考えてることは私にもわからないな…」
「あ、ねえナマエさん、終わったら食事にいこう?僕ももう子供じゃないし、仕事でお疲れのナマエさんになにかご馳走してあげたいな」


いいでしょ?ぐっと身を寄せて微笑んであげればナマエはまた困ったように笑って、そして僕の足を撃ち抜いた。
膝から崩れ落ちる僕を見る彼女の目はすっと細められて、薄く笑った彼女は吐き捨てる。
「私にはまだまだ子供に見えるよ。マセガキカドルスくん。君が本当にこの職に就けたら相手にしてやろう」


踵を返した彼女の背を黙って見送るしかなかった。




×××に恋をした



翌日聞こえた銃声に口角が上がる。
(今日も会いに行こうっと)
来年になったら絶対に彼女と同じ仕事についてみせる。それまで相手にされなくても、僕は貴女が好きだから最期まで追いかけさせてよ。