「今、誰かが俺の良い噂をした気がする」
「へー」
「いや、本当に聞こえたんだって。睫毛長くて、目鼻立ちしっかりしててスタイル良くて…もう垣根帝督さんは完璧!って声がな!この声は聞き覚えが……はっ!まさか、名前…?名前が俺の良い噂を?」
「あんたの耳は腐ってるね」


何かと思ったら、コイツはまた意味のわからないことをほざいていた。
まるで電波を受信したかのごとく両耳に手をあてて私にその耳を傾けてくるその仕草は、言わないがとっても気持ち悪い。


「気持ち悪くなんかねぇよ。むしろ可愛い、だろ?」
「………」


訂正。ごめんなさい口に出ていたようです。しょうがないからそれにプラスして、うざいという言葉も付け足しておこう。
そもそも私は今日非番で、垣根は仕事中。それなのになぜ私は廃墟ビルの上でスコープを覗きながら彼の話を聞いているのだろうか。
早朝の肌寒さに白い息を吐きながらしばしの沈黙。


「ん、来たよ」
「おー、んじゃ頼むわ」
「はいはい」


答えは簡単、私は彼の仕事に巻き込まれたのだ。
非番といっても特にやることもなかったし、手伝いといっても私はただ撹乱射撃をして対象者を追い詰めてる簡単なもの。そこに垣根が対象者を消しに行くらしい。
さぁ、私の可憐な銃捌きをご覧なさい。なんて頭に浮かんだ台詞は、垣根に買いに行かせた暖かい缶コーヒーと一緒に飲み込んだ。



対象者は期待通りあっちへこっちへと逃げ惑う。彼の護衛に着いていた黒づくめの奴等はこちら側の人間が紛れ込んでいるらしく、対象者を銃弾から遠ざけるようにして少しずつ人気のない場所へと移動させているのを私は屋上から眺めていた。
いつの間にか隣から消えていた垣根は、その白い翼を無駄にかっこよく活用して対象者へと向かっていた。中二かあいつ。音もない軽やかなその動きに、思わず気をとられるなんて、そんな馬鹿な。


「っと、こんなもんか」


銃撃により舞い上がった砂煙で保護すべき対象者を見失った黒ずくめ達を確認。すぐさま場所を移動するべく銃を担いだままビルを飛び降りた。補足だけれど、私も一応能力者。仕事だって垣根と同じくらいやり手だ。飛び降りるくらいは造作もない。着地と共に黒ずくめへ向かって煙弾を投げ入れれば私の仕事はここで終わり。

優々としたまま目的の場所へと歩を進めればそこには怯えた顔の一人の男と、顔は見えないが酷く凶悪な表情であろう彼の後ろ姿が見えた。
誰も通らないような狭い路地の奥の奥。
静かさと冷たさに包まれたそこを覗きこんだ私と目があった怯え顔の男、対象者は何を勘違いしたのか私を一般市民だと思い、助けを乞おうと口を開く。しかし私の担ぐそれをみて息を詰まらせた。私はこいつを追い詰めた男の肩に手を起きながら言った。


「なんだ、まだ終わってなかったの」
「いやあ、なんか処理するときの良い台詞ねぇかなと思って」
「…果てろや自分」
「だが断る」


垣根は如何にも真剣ですといった顔で対象者へ向ける決め台詞を考えていた。いや、仕事中になに馬鹿なことを考えてるんだこいつは。


「な、なあお前達、お前達は、誰に雇われてるんだ。わ、私ならその報酬の倍は出そう。だから、い、命だけは…」
「はぁ?何をいってるんです?おっさん。私らは別に金だけで動いてる訳じゃねぇんです」


対象者の情けない声が路地に広がってこいつについていた部下達が憐れに見えてきた。こんな無力なやつに従うなんて、金と権力ってすごい。でも、本当に憐れ。


「垣根、早く終わらせ」
「ああちょっと待て、今、ここまでキテる。あと少しで良い台詞が…」
「先にお前を終わらせてやろうか」


ジャキッと銃口をこの茶髪馬鹿に向けてコント的なのを繰り広げていると隙をついて対象者が何かを投げつけてきた。
何だかわからないが躱せるから良いかとそれを目で追う。ん?あれは…まさか、
…それは最近見た、最新式で超小型、そのくせ威力は果てしなく強い……


「爆弾…」


直ぐ様能力を使って回避しようとするが目の前のゆっくりとした時間の流れに、ああこれ死ぬかもと苦笑いした。まあこれで対象者も道連れなら、結果オーライじゃん?あ、でも垣根は?これでもアイツは死ななそうだなあ。もし私だけが死んだら呪ってやろう。目を閉じた瞬間に何か暖かいものに抱き締められて、それから耳を激しくならす爆発音が聞こえた。
んん?痛くない?薄目を開けてみると頭上から声が降ってきて、見上げると垣根と目があった。え、まさか、垣根、私を守っ、え、え??



唖然とする私の顔を見て、彼は笑った。


「やっべ、今の俺かっこよくね?!身を挺して爆発から名前を守る!!かっこよくね!?惚れた?なあ惚れた??!」
「…………」



君の頭の中は絶望的だ


絶望的:望みの全くない、どうにもならない状態