目を開けたらそこは暗闇だった。 閉じても開いても暗闇しか見えない。 私はついさっきまで家に帰る途中だったはず、あと少しで部屋の鍵を開けるところだったのを覚えてる。 そういえば家に入る前に珍しく隣の部屋から人の気配がしたなあと今更ながら思ってみたり。だって隣の部屋には誰も住んでいないはずなのだから。部屋のドアを開けた瞬間に後ろから差す人影を見たような気がした。そこからは覚えていない。
「…痛っ……」
後頭部がじくじくと痛む。何かで殴られたのだろう。これは何かしらの事件に巻き込まれたというのを理解するには、たいして時間がかからなかった。
「久しぶりだな、苗字」 「…私は苗字じゃアリマセンヨ」
暗闇の先から、こつこつと革靴で歩く音が聞こえる。鼓膜を振るわせる、低くて聞き覚えのある声。この声は誰だったか。私には苦い思い出しか蘇らなかった。 次いで明るくなる視界。 布が擦れた音が聞こえたから、おそらく暗闇は目隠しのせいだったのだろう。 突然差した光に目を細めながら声の主を睨み付けた。
「いい加減、お前を逃がしたままにしておくのは危険だと思ってな」 「…逃がす?いいや、あんたらは私を棄てたのでしょう?」
声の主は貼り付けたような笑みを浮かべたまま私に歩み寄る。名前さえ知らないこの男、私を何度も何度も苦しませたこの笑みをもう一度見る羽目になるなんて私もつくづく不幸だ。
「棄てた?それは少し違うよ、名前。君の能力開発の実験はあまりにも悲惨だったから私が逃がしてやったのだろう?」 「名前で呼ぶなクソ野郎。それに、逃がしただぁ?ふざけんなよカス。手に終えなくなるほどの出来損ないに成り下がった私に同情なんてもんはしないでしょう。頭に鉛玉ブチ込んだくせに」 「…少々口が悪くなったね」 「お陰様でね」
手足を縛られてるだけなら能力を使って逃げれるのに、頭がぐるぐるして上手く使えない。こいつ、何か盛りやがったな。 若干の焦りとは反対に、にやりと反抗的に笑って見せれば、その革靴で頭を踏まれた。 畜生、どけろよこのやろう。
「さて、そんな生意気なキミに一つ提案がある」 「………」 「もう一度、こちらに来る気はないかな?」
その言葉、今一番聞きたくなかった。 来ないか?勧誘なんて生ぬるいもんじゃないことはわかってる。これは半強制的に連れていかれるだろう。ただ、私に反抗する気を起きなくさせたいがための警告にすぎない。私がなんて言おうと次の瞬間には研究室行きだ。あの、冷たくて暗い部屋で、終わりの見えない実験の始まり。
「、は?冗談は止めてよ。殺すぞ」 「その割には声が震えていて、四肢に力が入っていない。今の状態の君なら断ればどうなるかもわかっているだろうに、よく反抗できるものだ」
奴の上げた足が降り下がり、鈍い音を立てて私を蹴りつける。 口のなかが切れたらしく、鉄の味が広がった。
「あ゙、がっ、」
休むことなく蹴られ続けた挙げ句、前髪を捕まれてぐっと引っ張られる。苦痛で歪みそうになる顔を意地で戻し、大嫌いなその目と、目がかち合った。
「さあ、帰ろうか。私の可愛い被検体」 「、っは、げほっ、」
誰が行くか。お返しに口のなかの血を奴の顔に向かって吐き出してやれば、いつもの笑みを不細工に崩して私の頭を床に叩きつけた。はっ、痛ぇ。けど、ざまあ見やがれ。 私を運ぼうと手を伸ばす研究員をぼーっと見つめて、諦めた。 ああ私の自由な人生、ここで終わりか。暗いところは、嫌いだなあ。 窓から射し込む光を目に焼き付けておこうと目を向ければ、爆発音と一緒に窓が割れて、
白い、羽が見えた。
あれ、なんか知ってる気配。最近会った、酷く懐かしい。愛しい、彼。
「か、きね、?」 「おう名前、帰るぞ。お前の家に」
あ、今名前で呼んでくれた。 久しぶりに呼ばれた名前がくすぐったくて視線をずらしたら、笑われた。気がした。
見惚れてんじゃねーよ
ニヤリと笑った彼に、そう言われた気がした。 (本当に見惚れてたなんて、内緒)
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