其の二



「という訳だヅラ」

「ヅラじゃない桂だ。ていうか何がという訳だ。全く説明になってないぞ」


千草は目の前にいる長髪の男をあんぐりと見つめた。銀時のいう本拠地についていった千草は一室に通され男四人ー部屋の外には数名の男が襖から覗いていたーに取り囲まれた状態にいた。



桂って桂小五郎じゃなくて小太郎!?

目の前には幕末史を代表する人物と名前が微妙に違う男が三人いるのだ。
高杉晋作ではなくて高杉晋助。坂本龍馬ではなく坂本辰馬。最初、攘夷戦争と聞いて、幕末にタイムスリップでもしたのかと最初は考えたが天人という宇宙人や歴史上の偉人と微妙に名前う者達。タイムスリップではないことは確かだ。まさか此処は所謂、異世界というものだろうか。
タイムスリップも疑わしい事象だが、異世界転位など現実に有り得るのだろうか。

イヤイヤイヤ。あんな宇宙人に出くわすし……え?マジで?私、異世界に来ちゃった!?

「千草と言ったか?」

「へ?はっい」

頭の中でぐるぐると考え事をして全く銀時と桂のやり取りを聞いていなかった千草はふいに桂に声をかけられたので裏返った声で返事をしてしまった。

「お主は何処からきたのだ?何故、女性一人であのような所にいたのか」

「えぇーと……それはですね……」

此処とは違う世界から来たのかもしれないと言ったら信じてくれるだろうか。否、頭の可笑しい女だと思われるのが落ちである。千草がとっさに思い浮かんだのは記憶喪失だった。あまりにもベタな設定だが、もしかしたら乗り切れるかもしれないと思った。

「わ、解らないです。気が付いたらあそこにいて」

というか私、自分の名前以外思いだせないんです。と言おうとした時に、高杉が横から口を出してきて千草の言葉を遮ってしまう。

「その変な恰好はなんだ。見たことねぇ恰好してやがる。あんた天人か」

高杉の探るような目付きが痛々しく千草に突き刺さる。皆、着物を着ているので千草の恰好―千草の世界では至って普通の洋装なのだがーは異端であるのだ。
千草は自分の恰好を見直す。お気に入りの洋服であったので変な恰好と言われ、少しむっとした。

「あまんととか宇宙人ではありません。私は人間です!これは洋服です。私の世界ではこの恰好が当たり前なんです!逆に貴方たちの着ている着物が珍しいんです!」

「私の世界?」

銀時が呟く。千草はしまったと口を手で覆った。これで記憶喪失の設定がおじゃんになってしまった。墓穴を踏んだ自分を殴ってやりたい。

「それはどういう意味なのだ?」

再び男達の視線を浴びて千草は小さく呻くと、仕方がないこれは本当の事を言うべきだと意を決して口を開いた。

「………私、別の世界から来たかもしれないんです。頭の可笑しいやつだって思っても構いません。でも、こんな世界私は知りません。私の世界ではあまんとなんて宇宙人いません」

暫く、雨音だけが聞こえるぐらいの沈黙が訪れた。千草がこの沈黙をやけに重く感じてると、銀時が口を開いた。

「……俺は信じるぜ」

一斉に銀時に視線が集中する。

「天人なんて宇宙人がいるくらいだ。んな奇想天外なことが起きても可笑しくねぇだろ。それに丸腰の女が戦場のど真ん中にいたのも妙だしよ、こいつの恰好でもある意味頷ける」

「まぁ、確かにそうだな……」

「わしゃ、信じるぜよ。こげな可愛い女子が嘘つくわけなか」

「坂本、てめー趣味悪ぃな」

銀時が肩を持ってくれたおかげか少し疑い眼差しが薄れたので千草は小さく息を吐きだした。
此処が異世界だとすれば行くあてがない。此処に置いてもらうのが手っ取り早い話しなのだが、戦場だという。何の力もない女の自分がいるのは足手まといであり危険なはずだ。しかし、戦場であるならもしかしたら自分が向こうの世界で学んできた知識が役に立つはずだと思い立ち、駄目元で桂に頼み込んだ。

「あの、私、一応、医者を目指していまして……。医学の知識は多少はありますから、怪我の手当てぐらいはできます。あと、皆さんに変わって炊事洗濯もします。……此処に置いてくれませんか?」

桂は一瞬だけ考えたが、少し申し訳けなさそうな顔をして言った。

「置いてやりたいのは山々なんだが、ここは見て見てのとおりの男所帯だ。お主のような女がいればそれなりの危険があるぞ」

「俺の側に置いておく」

銀時の思いも寄らぬ発言に千草も目を丸くして銀時を見る。

「銀時、正気か?」

高杉が尋ねると、銀時はこくりと頷いた。

「俺の側に置いて、野郎に襲われないように俺が目を光らせるさ」

と千草に顔を向けて小さく微笑んだ。出会ってから始めてみる表情に、どきりと胸が弾んだ気がした。
銀時は襖の隙間から覗き見をしていた男達に向かって

「てなわけで、てめぇらコイツに手ェだした暁にはどうなるか解ってるな?」

と言った。口元に小さな弧を描いているが、目は笑っていない。普段、こういった表情でさえも見せない銀時を見て

手を出したら白夜叉に殺される!!

と危機を察知した男達であった。





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