其の一



坂田銀時は無口な男だった。そのうえ無愛想とくるものだから桂、高杉、坂本以外の仲間達はあまり彼に近寄らなかった。
それは彼の態度や性格のせいかもしれないが、1番の理由は彼が『白夜叉』であるからだ。
誰が付けたのかいつからそう呼ばれるようになったのかは銀時でさえ解らない。彼の異名はいつしか一人歩きをし、『銀髪の白夜叉と呼ばれる侍は刀を一降りしただけで何十人の天人を斬った』とか『たった一人で天人の艦隊を破壊した』などの人間では考えられない出来事の伝説があちらこちらで囁かれるようになった。
当の本人、銀時は『白夜叉』と呼ばれことが好きではなかったが嫌いでもなかった。興味がないだけである。人間関係を作るのは面倒臭い。と銀時は一人でいることが多かった。女は抱くがそれは性欲処理のためであって恋愛などには目を向けなかった。
坂田銀時とはそういった男だった。





銀時の耳に小さな悲鳴が聞こえた。聞き取れるか取れないかの悲鳴。
誰か襲われたのか。
しかし、声の大きさからして自分がいる場所から離れている。助けにいっても無駄だろうと思う。また、悲鳴が聞こえた。今度は、はっきりと助けを求める声まで聞こえた。声の高さからして女子供であろうか。銀時は舌打ちをすると悲鳴の元へと足を急がせた。



千草は、特別可愛いわけでも美人でもなければ不細工でもない。所謂、平凡な女の子というものだった。地味とは言われるが友達は沢山いるし、人見知りはあまりしない。医者になるために、医大に進学し、勉強に励んでいた矢先だったのだ。彼女の平凡な人生に終わりを告げたのは。


「あぁ。人間はあったら殺すがおまえは運が良いなぁ」


千草の目の前には耳まで裂けた口で、ニタリと笑っている妙な宇宙人がひとり。否、一匹というべきか。大学の帰り道に突如、光りに包まれ、核兵器投下!?と思っていると見知らぬ場所に突っ立っていたのだ。そしてこの状況に至る。夢を見ているのかと思ったが、この宇宙人−もとい天人だが千草にそれが解るはずがないーから逃げる時に躓いて転んだ拍子に擦りむいた膝からは血が出るわ、鈍痛が走るはで夢ではないと確信する。

だったら映画の撮影かドッキリ?

「女に飢えていたところだ。このさい人間の女でもかまわねぇさ。ただちぃとばかしキィキィ鳴かれるのは好きじゃねぇ。大人しくしとけよ」

これは映画の撮影でもドッキリでもない。本当に自分は襲われているんだ、と千草は更に顔を蒼白にした。
天人が千草に手をかけようとしたその刹那。ひゅっと空を切る音。


「ぐぁっ」

千草の瞳に写るは飛び散る赤い血に白目を向いて倒れる天人。 そして、血を浴びた銀色の髪をした男だった。




銀時は刀に付着した血をびゅっと振り払うと鞘に納めた。そして千草へ顔を向ける。

妙な恰好をしてやがる……。

この国が開国をして異国から流れてきた洋服というものだったか。もしかしてこの女は天人だろうか。と銀時は思いながら千草に声をかけた。

「おい」

千草の身体がビクッと小さく震えた。

「大丈夫か」

と聞けば千草は頷いた。そして鳴咽を漏らして泣いた。小さく鳴咽を漏らし時下り鼻を啜る。
銀時は何処か閥が悪そうな表情で鼻の上を掻いた。気まずい。女が泣いた時どうすれば良いのか知るよしもなく、どうしたものかと考え、思い浮かんだのは子供をあやすように頭を撫でてやることだった。

「うっ……ぐすっ。あ、ありがとうございます」

「……少しは落ちついたか」

千草は赤く染まった鼻をすするとこれまた少し赤い目で銀時を見つめた。

「はい。……あ、あ!だ、大丈夫ですか?右肩怪我していますよ!?」

言われて初めて銀時は自分の右肩から血がじくじくと滲み出ていることに気がつく。
千草はとっさにポケットからハンカチをとりだし、引き裂くとそれを銀時の右肩に巻き付けた。

「おい、あんま痛くねぇし大丈夫だ」

「痛くなくとも応急処置はしておくべきです。傷に細菌が入って化膿して壊死でもしたあかつきには右腕を失うんですよ」

「あんた何者だ」

「千草といいます」

「どこからきた。なんで女一人でこんな所にいるんだ?」

「それが、私もよく分からなくて……気がついたら此処にいて……。ていうか此処は何処ですか?」

「……戦場」

銀時の言葉に千草は目を丸くし驚いた顔をした。

「せ、戦場!?に日本で!?戦争放棄をしている日本で戦争!?」

「なんだそれは。天人との戦争だろ」

「あまんと?」

「天人も知らねぇのか?さっきあんたを襲っていたヤツが天人だ」

そんなやり取りをしていると二人の頭上で雷鳴が轟く。一雨降るかと銀時は雲行きが怪しくなってきた空を見上げた。

「こりゃあ、とっとと帰ったほうがいいな。行くぞ」

「……行くって何処に」

「俺たちの本拠地だ。帰り方がわかんねぇなら一旦俺達の所に来た方が良い」

「良いのですか?」

「んな所に女ひとり置いていくわけにもいかねぇだろ」

この銀髪の男についていって大丈夫だろうかと千草は密かに思ったが、戦場と言われた場所に一人でいるのは流石に避けたいと思い立ち上がる。服についた土を掃いながらふと気が付く。

「あの、貴方の名前は?」

「坂田銀時」

さかたぎんとき、坂田さん……ぎんときさん……と繰り返す千草を横目に銀時は歩きだした。千草は慌ててその後ろをついていく。

「あんた、俺が怖くねぇの?」

途中、銀時は足を止めると千草に尋ねた。

「なんで怖いと思うんですか?」

「……俺のこの髪色、血、をみて怖いと思わねぇの?」

「怖いだなんて。確かに血は怖いですよ。でも、此でも多少は慣れているから平気ですし、戦争なら仕方のないことじゃないですか。……それに助けてくれたのに怖いとは思いません」

それに、なんだか凄く綺麗な銀髪だしとは思ったが流石に言葉を飲み込んだ。きっと太陽の光を浴びたら綺麗に輝くはずだと、素直に綺麗だと感じた。
そうか、と呟いて再び歩き始める銀時の後ろを必死で追い掛けた。





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