其の十一 其の十の坂田視点。下品。 まだ薄暗さの残る朝方。 俺と坂本は郭を出た。揚げ代は勿論、坂本持ち。 すんごい綺麗なねーちゃん抱けて下半身はすっきりしたが、心は鬱蒼とした気分だ。 目の前の美しい女ではなく、千草のイキ顔を想像して射精しちまったのだ。変態でしかない。死にたい。 「うぅー……頭がこじゃんと痛うてたまらん。金時ぃ、わしをおぶってくれゆうか」 ひとり悶々と悩んでいると、吐きそうな顔をした坂本が俺の肩に腕を回してきやがった。 「はぁ?ふざけんなよ。てめぇみてぇな図体のデカイやろーを背負って歩けるかよ。てめぇで歩けや」 「そんなつれなんこと言わんと……。金時ぃ」 「うわ、てめっ離れろ。酒くせっ。つーか、金時じゃなくて銀時だからね」 鬱陶しげに腕を振り払うも、坂本はこれでもかってぐらいに俺に引っ付いてくる。 「おまんも楽しんでいたろー。おまんが相手した女ば夕凪ちゆう人気の遊女やき。見た通りの美人であっちの締まりもえいらしいが。わしゃ抱いたことはないが。んで、あっちの締まりはどうじゃった?」 「……いや、まぁ良かったけどよう」 確かに名器だった。ちんこしゃぶってくれたし。 女は好きだ。柔らかくていい匂いがして、おっぱいに顔を埋めたらそりゃあ天国のように心地よくって。嘘偽りで塗り固められた甘い言葉を囁けば、喜んで足を開いてくれる。女とのセックスほど気持ちいいものはない。 ーー女を抱いた後は気分がいいのに。なんかこうずっと胸に何かが突っかかってやがる。 「なんじゃあ、金時。難しい顔しよって。おまん、もしかして勃たなかったんか?」 「はあぁ!?ざけんな。俺のマグナムはビンビンだったもんね!ギンギンさんだったもんね!!」 「あっはっは!わしのちんこも戦闘モードにはいりゆうて、ずっとカッチカチじゃったわ」 男二人、明け方の薄暗い道で下世話なことを言い合いながら帰路に着いた。 陣営に着いた頃にはすっかり陽が昇っていた。 坂本と別れた後、桂に見つからぬようこっそりと自室へ戻る。 傷んだ床板の軋みを最小限に抑えながら、抜き足差し足で廊下を歩き、部屋の襖を開ける。 少し薄暗い部屋の真ん中に白い塊があって思わずひっと悲鳴を上げそうになった。幽霊に見間違えて吃驚したとかそんなんじゃない。断じて。 よくよく目を凝らしてみると白い塊は敷きっぱなしの万年床の上で背中を丸めて寝る千草で。 しかも、掛け布団にしていた俺の羽織を抱き締めている。 その姿はまるで彼氏の帰りを待っている彼女のようで。そもそも俺たちは恋人同士でも何でもないのだが。なのに。目の前で気持ち良さそうに眠る千草がすげぇ可愛いくて、俺の胸はまるで乙女のようにきゅうと締め付けられるし、何だかむず痒い。 ーーか、勘弁してくれよ。 熱くなる顔を両手で覆い隠しながら、深い溜め息をついた。 頭のなかで犯して抜いた挙げ句、千草の淫らな姿を想像しながら別の女を抱いてきたばかりなのに。 こんな可愛らしい姿で出迎えられると、罪悪感が更に増してもう一層死にたくなる。 誰か俺を殺してくれ、三百円あげるから。 指の間から千草を盗み見る。 人の気も知らず、間抜けな面してすぴすぴと小さな寝息を立てる姿が憎らしい。 「千草、千草。起きろよ」 肩を揺すって起こすと、千草の瞼がゆっくりと持ち上がる。寝惚け眼の黒い瞳と視線がかち合った瞬間。 ひぇっと小さな悲鳴を上げた千草は勢いよく跳ね起きた。それを避けきれず、額同士がぶつかる。 あまりの痛さに暫くふたりして悶絶。 「わ、悪い……だ、大丈夫か?」 「う……うん………だ……大丈夫……ご、ごめん……わ、私……寝ちゃってた?」 「涎垂らして鼾掻いてぐーすか寝てたぞ」 俺の言葉を聞いた瞬間、千草の顔が羞恥の色に染まった。 自慢ではないが、貴方はデリカシーがないのよ!と知り合った女によく言われる。 生憎と女を喜ばせるような甘い言葉を吐ける質ではないので、でりかしーもくそもないが。 こうして千草をからかうのはすこぶる楽しい。 「うぅ……ご、ごめんね」 袖で口元を拭いながら千草が俺に向き合った。 少しだけ寝乱れた合わせから覗く白い肌は何処か艶めかしい。堪らなくなって視線を逸らす。 勘弁して、まじで。やばいって。 「で、何で俺の部屋で寝こけてたんだ?」 「あ、……そ、それはですね……」 気を紛らわせようと、何とか平素を装って話題を切り出す。 ふと、視界の端で捉えた物体に顔から血の気が引くのを感じた。 なんで春画が此処にあんだ! 春画コレクションは桑折の奥底に仕舞っておいたはずなのに! 「なななななぁ……千草ちゃん……その枕元のやつぁ……」 「あ……え、えっとね……こ……これ、萩原さんから預かっていたの……な、中身はみてないよ」 あんの野郎! 後で絶対にしめる! 「ち、違っ!こ、此はだなっ、あれがあれであれであって」 「い、いやいや……私は別にこーいうのに偏見持ってないから、大丈夫だよ」 ついと視線を逸らされた。心なしか、何処か不機嫌だ。 やっぱちょっと引いてるじゃねぇか。 だってこれ某人気浮世絵画家が描いた触手プレイの画だったり、蜜をぐっちょぐちょに垂らした女の画がそりゃもう天国ってぐらい沢山載っているやつだもんね! エロ本読んだ千草が真っ赤になりながらキャー!銀さんのエッチぃ!ってなる分にはまだ救いはあったが、あれは明らかにドン引いている顔だ。 違うんだ、俺がズリネタにしてんのはお前だと口から出そうになって、慌てて呑み込んだ。これじゃ更にドン引かれるし、多分口も聞いて貰えなくなるだろう。危ねぇ、危ねぇ。 微妙な空気を漂わせた沈黙がやけに重たい。 「わ、私……もう戻るね。朝ごはんの仕度しなくっちゃ」 「お、おう」 千草が部屋を出た後、万年床に転がった。 煎餅布団なので寝心地は最悪なのだが、千草の体温ぬくぬくと温かい。ほのかに香る石鹸の匂いがどうにも心地が良く、とろとろとした睡魔に襲われる。 あ、今日は軍議があるって、ヅラが言ってた……今寝たら起きらんねぇ……かも。 睡魔と戦いながらも、瞼はどんどん重くなる一方で、やがて瞼を閉じた。 かくて白夜叉、睡魔に負けたり。 prev list next |