其の六



※前の話の銀時視点。血表現があります。


翌朝は腹が立つほどの快晴であった。俺達は天人が潜伏しているという情報の場所へと移動した。

「銀時、お前股間蹴られたんだって。ちゃんと使いモンになってんのか?」

高杉が嫌味たっぷりの笑みで話し掛けてきた。こういうふうに言われるのが目に見えていたから、高杉にだけは知られたくなかった。それを桂か馬鹿モジャか馬鹿荻が話やがったな。俺は横を歩く三人を睨み付け、後でぶん殴ってやろうと思った。

「うっせーよ。てめぇの粗チンよりマシなんじゃねぇの」
「天人殺る前にてめーをぶった斬ってやる」
「こんな時に喧嘩は止めろ」

桂がため息混じりに言った。ほれみろもう敵が見えたと桂が視線を向けた先に、俺も視線を転じる。天人の大群とまでは行かないが、俺達の軍より多い数。犬、猪、豚面の天人が鼻息荒く立っていた。

「何?あいつら発情期?」
「馬鹿な事を言ってないで、そろそろ斬り込むぞ!」

俺が冗談混じりで言えば、桂が呆れた声を出しながら刀を抜いた。それを合図に他の奴らも次々に刀を抜く。斬り合いの始まりであった。



「坂本〜!戦況が落ち着いてきたら、遊郭いかねぇか?」
「おぉー久しぶりに行きたいのぉ」
「俺もいく」

斬り合いの中、坂本と荻原の会話が聞こえ、俺は横からその会話に入った。

「なんじゃ銀時。千草ちゃんがいるくせに」

振り下ろされた刀を受け止め、凪ぎ払う次いでに、喉笛を切り裂く。ビシャリと俺の顔に血が降り注いだ。

「……あいつとは、んな関係じゃねぇし」

顔に飛び散った返り血を拭い、再び体制を立て直す。

「え。マジで?お前ら、そんな関係じゃなかったの?じゃあ、俺があんな関係になっちゃおうかな」
「辰馬といい荻原といい、本当女の趣味悪ぃな。あんな地味な女どこがいーんだよ」

いつの間にか高杉が会話に入ってきやがった。お前、鬼兵隊はどうしたの総督のクセに、と聞けば高杉は「俺達の配置の場所には雑魚しかいなかった」と、ニタリと憎たらしい笑みを浮かべた。片付けるの速くねぇか。始まってからまだ少ししかたってないってーのに。

「高杉は千草ちゃんの良さがわからないんだよ。な、銀時」
「知らねぇよんなもん」

短く返して、目の前にいた犬面の首を跳ねる。

「晋助は千草ちゃんの可愛さがわからないんじゃき。のう金時」
「知らねぇっつてんだろ。なんで俺にふるんだよ!つか、金じゃねぇ、銀時だっつてんだろ!」

叫びながら、今度は猪面の胴体を真っ二つにしてやる。

「貴様ら真面目に戦えェ!!」

桂の怒鳴り声が戦場に響き渡った。



夕方頃になると天人の軍勢は後退し、今回は俺達の圧勝で終わった。俺は相変わらず真っ赤に染まる。
本拠地に戻ると、千草が俺の姿を見て驚いた顔をした。何故だか分からないが胸の内が痛い。
千草は他の奴らよりも沢山返り血を浴びた俺を怖いと思うだろうか……と、そんなことを考えてしまった。心配そうに近寄る千草の顔がまともに見れず、目を合わせることも出来なかった。






「白夜叉ってやっぱり天人じゃないか?あの髪と目の色、人間じゃ考えられねぇ」

偶々そこを通りかかって、偶然耳にした声に俺は足を止めた。いつものように白夜叉と呼ばれ、いつものように髪や瞳の色で人間じゃないと囁かれる。

「俺、この前、白夜叉と一緒の隊だったんだけどよ、あれは化け物か鬼だよ」

いつものように化け物、鬼と言われ……もう慣れた。
ていうか、聞き飽きた。たしか、あいつは鈴木という名前だったか。この前俺の隊にいて散々俺を頼りにしていたくせに女みたいに裏表の激しい奴だ。んな陰口叩くぐらいだったら剣の腕でも上げやがれと皮肉めいた事を思う。

「あの、女も、どうせ身体目当てで側に置いてるんだろうな」

千草のことだろうか。これは流石に聞き捨てならなくて、そんな訳ねぇだろコノヤローと口を開きかけた時、

「っざけんなよ!この大馬鹿野郎ッ!!」

千草の怒鳴り声が聞こえ、次いで水をぶっかけるような音が聞こえてきた。此は厄介事になりそうだと、俺は慌てて声のする方へ足を向ける。
其処には案の定、千草がいて二人の男を睨み付けていたのだ。

「いい加減な事言うな!!銀さんは、化け物でも天人でもないっ!人間だっ!鬼はあんたらだっ」

千草の言葉に胸の内が温かくなるような気がした。

「何しやがるんだっこのアマっ」

鈴木と一緒にいた男が青筋を立てて、腕を振り上げる。これは不味い。「はい。ストップ」と、間一髪で千草を叩こうと振り上げられた腕を掴みあげる。

「白やっ…坂田さんっ」

さっきまで悠々と俺の陰口を叩いていた鈴木は途端に顔を青くした。

「俺の事をとやかく言うのは構わねぇ。」

俺が力を段々と入れていくと、ミシミシと骨が軋む音が聞こえてくる。

「けどな、丸腰の女に手ェあげるのは、侍として、男として、いけねぇなぁ」

骨を砕いてやりたかったが、千草の手前、血なまぐさいことは出来ない。だから、間抜けた声で謝る男の手を離してやる。
間抜けな悲鳴を挙げながら逃げる男たちに舌打ちし、俺は頭を掻きながら千草に視線を向けた。

「ったく。おめーもよぉ、あんなの放っておけばいーんだよ。」

「銀さんは、言われて悔しいと思わないの!?」
「あんなの、馴れてる」
「うそつき」
「嘘じゃねぇよ」
「馴れたら、そんな顔しないよ」

千草の顔が哀しそうに歪んだ。俺はどんな顔をしているんだろうか。わからない。千草の様に哀しい顔をしているのだろか。

「嫌なんでしょ?白夜叉って呼ばれることも、さっき見たいに言われるのも銀さん、嫌だったんでしょ?」

千草の目から涙がほろほろと流れ落ちる。何故だか分からないが胸の奥が詰まった感覚がして妙に息苦しい。

「なんで、泣く」
「だって、だって銀さんが泣かないからっ」

俺はいつの間にか涙なんて流せなくなった。泣く事さえ忘れたていた。
千草の目から流れ落ちる涙が綺麗だった。こいつの涙は汚れのない綺麗なモノだ。
相変わらず胸の中の蟠りは燻ったままで、もやもやとした何かが立ち込めていた。
俺は泣いている千草を抱きしめようと手を伸ばす。が、一瞬自分の手が血にで汚ているようにみえ、肩に触れるか触れないかの所で俺は手を止めた。今まで何百と数え切れない程の天人を斬って、命を奪ってきた手だ。そう考えると急に不安になった。血に汚れていない千草に触れていいものかと躊躇う。
鬼だと云われていても、泣いている千草を慰める事すらできないなんて、あまりにも無力で惨めで自嘲めいた笑みを薄く浮かべ拳を握りしめた。

「……泣くな……。俺は大丈夫だから。泣くなよ」

何とか出てきた言葉にこくこくと頷き返す千草はそれでも泣き止まなかった。俺は着物の袖で流れ落ちる涙を拭いてやる。と、千草がその袖を掴み、ちんと鼻を噛んだ。

「てめっ何、鼻水つけちゃってくれてんの」
「あ。ごめん」

真っ赤になった鼻や目をして苦笑する千草が、あまりにも愛おしかった。





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