其の五



翌日の朝、銀さん達は戦場へと行った。
私は、本拠地に残って負傷して戻ってくる人達を手当てをする。怪我の軽い人もいれば重傷の人もいる。必要とあらばその場で傷の縫合手術を行うが今の私の医学知識では無理があるので、そこは久坂さんに任せ軽度の人の手当てに回った。教科書に書いてある事なんてここでは役に立たない。久坂さんの指示だけが頼りだ。
夕方頃に帰ってきた銀さんは血まみれだった。銀さんだけではなく、他の人達も血だらけの姿であったけれど、
大怪我をしているのではないかと心底驚いた私は慌てて銀さんに駆け寄った。

「銀さんっ!?怪我をーーっ」
「俺の血じゃねぇから。悪ぃ。千草、風呂を沸かしてくんねぇか?」

当の銀さんは私と目も合わさずに足速に私の側を通り過ぎたのだ。

白夜叉と口々に囁かれているのを耳にするのが、その日からだった。そして、銀さんはというと、いつも誰よりも全身を真っ赤に染めて帰ってくるのだ。



「ねぇ、三太くん。白夜叉って何の事?」

そう問うと、三太くんは長い睫毛をしばたかせながら不思議そうな顔をした。

「なんですの、いきなり」
「最近、よく耳にするのよね」
「それ、坂田さんの事ですよ」
「え!?銀さん!?何でまたそんな呼び方」
「坂田さん、銀髪ですやん。ほんでもって、戦に出る時は白装束なんです。鬼神のような強さ……だから、白夜叉って呼ばれるようになったんちゃいますかねぇ。詳しくは僕も知りませんけど……」

三太君は苦笑した。
いつも返り血にまみれて帰ってくる銀さん。あの日、彼に助けられた日、彼の強さを目の当たりにした。でも、銀色の髪に血を浴びた銀さんに恐いという感情は起こらなかった。少しぶっきらぼうで取っつきにくい雰囲気はあったけれど、銀さんは行き場所のない私に手を差し延べてくれたのだから。根は優しい人なのだと思っている。

俺が恐いか。

銀さんの、あの時の言葉が過る。紅い瞳は何処か哀しげな色をしていた。……ような気がした。



「白夜叉ってやっぱり天人じゃないか?あの髪と目の色、人間じゃ考えられねぇ」

私が洗濯用の水を汲みにいった帰り際に偶然通りかかって聞こえてきた声に思わず足を止めていた。

「俺、この前、白夜叉と一緒の隊だったんだけどよ、あれは化け物か鬼だよ」

銀さんの戦ってる姿を見たことなんてないから、どうとは言えないけれど、その言われようはあまりにも酷い。お腹の底でふつふつとした熱いものが込み上げる。私は腹が立っていたのだ。

「あの、女も、どうせ身体目当てで側に置いてるんだろうな」

その言葉を聞いた瞬間、私の中でプツンと何か切れた。大股でその二人に近付いて桶に入っていた水をぶっかけてやった。それでも腹の虫は治まらないので文句の一つを言ってやった。

「いい加減な事言うな!馬鹿!銀さんは、化け物でも天人でもないっ!人間だっ!鬼はあんたらじゃないかっ」
「何しやがるんだっこのアマっ」

一人が腕を振り上げた。これは確実に叩かれてしまう。私は思わず目をつぶった。が、覚悟していた衝撃はこずに「はい。ストップ」といつの間にか銀さんが其処にいて、男の腕を掴みあげていたのだ。

「白やっ…坂田さんっ」
「俺の事をとやかく言うのは構わねぇ。」

銀さんが力を入れているのか、ミシミシと骨が軋む音が聞こえてくる。

「けどな、丸腰の女に手ェあげるのは、侍として、男として、いけねぇなぁ」
「ひ、すすいませんっ」

銀さんが手を離した途端、二人は間抜けな悲鳴をあげて逃げて行った。

「ったく。おめーもよぉ、あんなの放っておけばいーんだよ。」
「銀さんは、言われて悔しいと思わないの!?」
「あんなの、馴れてる」

そんな事ない。馴れてなんかいないじゃない。

「うそつき」

無表情な銀さんは、凄く辛そうな瞳をしているんだもの。

「馴れたら、そんな顔しないよ」

私の目頭は段々と熱くなって、しまいには涙が溢れでる。

「嫌なんでしょ?白夜叉って呼ばれることも、さっきみたいに言われるのも銀さん、嫌だったんでしょ?」
「……なんで、泣く」
「だって、だって銀さんが泣かないからっ」
「泣くなっ…俺は大丈夫だから。泣くなよ」

そう言われて、私は頷くけれども涙が止まらない。そんな私を銀さんは自分の着物の袖で私の涙を拭いてくれた。私はその袖を掴んで鼻を噛んでしまった。

「てめっ何、鼻水つけちゃってくれてんの」

銀さんはクレームをつけながらも、困ったように笑っていた。
それが、あまりにも私には切なくて、「あ。ごめん」と、謝ってただ笑う事しか出来なかった。





prev list next