其の四



「刀を教えて欲しいの」

千草の言葉に銀時は食べていたおはぎを危うく喉に詰まらせるところだった。

「何だいきなり」

何とかおはぎを飲み込んで理由を聞けば、千草は身を守る為にと応えた。

「俺が守ってやると言っただろ」

「それでも、銀さんは四六時中私の側にいるわけでは無いでしょ」

銀時は最後の一口を食べ終わると、指に付いた餡を舐めとりながら、目の前に立っているを千草上目で見遣る。

「……おめぇは、いざとなったら人や天人を斬れんのか?」

「それは……」

千草はぐっと言葉を詰まらせた。

「だったら、止めとくんだな。生半可な気持ちで刀を持つなんて言うんじゃねぇ。後悔するのはお前なんだぞ」

ーーお前は汚れるな。俺みたく血に汚れて欲しくない。
などと言えるわけもなく、銀時の口から出たのはきつい言葉だった。

「……ごめんなさい」

しゅんと頭を垂れる千草を見て、少々言い過ぎたと思った。それに、やはり彼女の言う通り自分は千草の側に四六時中いるわけではない。今の所、ここに千草を襲うような輩はいないとは思うが念には念を期した方が良いのではないか。

「千草、刀は教えられねぇが、護身術ぐらいは教えてやる」

途端、ぱっと嬉しそうな表情を浮かべる千草に、銀時は口許を和らげた。





「先生〜。宜しくお願いします」
「おうよ」

場所は変わって、中庭へ移動した千草と銀時。そこへ荻原と坂本が通り掛かる。

「おうおう。千草ちゃんが銀時を先生と呼んでいるぜ」
「何をしちょーか、おまんら」
「銀時先生に護身術を教しえて貰うんです」
「護身術?そんなん必要かい?なんなら俺が教えてやろうか」
「わしが教えてやるき」
「止めとけ。貴様らがそんな事をしたらセクハラになるではないか」

いつの間にか桂も来ており、3人は物珍しそうな顔をして、銀時と千草を見ていた。

「てめーら、何見物しに来てやがる」
「銀時が誰かに何かを教える等かなり貴重だからな。暇潰しだ」
「……まぁ、いーや。おし。千草始めるぞ」
「うん」
「まずは、一番基本の技だ」

と、銀時は千草の背後へ回りこみ、太い腕で千草の身体を抱いたのであった。

「―っ!?」

護身術というのは単に相手を殴るか蹴るかだと思っていた千草は、銀時に抱き着かれて驚きのあまり声が出なかった。

「良いか、千草」

低い声が耳元で響く。びくっと肩を揺らして千草は銀時の腕から抜け出そうともがくが、思った以上に強い力で抱きしめられて無駄に終わる。

「相手がこーやって抱き着いてきたら」

銀時の声や吐息が、いつも以上に近くから聞こえる。羽交い締めされるように回された銀時の太い腕に男と女の差を感じ、心臓の音や体温が背中越しから伝わる感覚に胸がきゅうっと締め付けられた。
銀時からは微かに甘い匂いが香る。やっぱり甘党なんだな、とのんきなことを思うも、千草の心拍数はどんどん上がって行き恥ずかしかさで死んでしまうのではないかと思ったほどだ。全身の筋肉は緊張で強張り、顔は火を吹きそうなほど熱い。

「まずは股間を狙え」

そう言われた瞬間、千草は銀時の股間を思い切り蹴り上げた。

「ーーーっ!!??」

声にならぬ悲鳴をあげ銀時は千草を抱きしめていた腕を離すと自身の股間を押さえてその場でのたうち回った。見物していた三人も思わず痛そうに自分の股間を押さえる。

「……ぐ、ううっ……て、てめっ!本当に蹴る奴があるかっ!」

使いモンにならなくなったらどーすんだと涙目になりながら千草を睨む。が、千草にとっては最早、それどころではなかった。

「な、なにどうしたの?」
「ご、ご、ご、ごめんなさいィっっ!!」

千草は脱兎の如く逃げ出した。兎に角、今は銀時の顔がまともにみれなかった。



残された銀時は、ぽけっと呆けた間抜け面を晒して背後を振り返る。

「は?何?なんでアイツあんなに慌ててたの」
「今のは銀時が悪い」
「何でだよ。俺は股間を蹴られたんだぞ股間を」
「銀、本当におんしは女心が解ってないの」
「これだから貴様はモテないんだ」
「しかし、白夜叉が股間を蹴られるなんてなプフッ」
「すまんっ。わし限界じゃっ!あっはっはっはっは」

吹き出す荻原と豪快に笑い出す坂本。次々に三人に責め立てられてしかも股間を蹴られた事を笑われて、訳がわからないまま無償に腹が立った銀時は刀に手をかける。

「さっきから何なんだよてめーらはっ!つーか、笑うんじゃねぇっ!!」
「銀時、いちいち抜刀するのは止めろと言っているだろう」

ププと笑いながら言う桂に銀時は更に腹が立ち、鯉口を切って、じりじりと桂へ歩みよった。

「ヅラ、まずはてめぇのそのウザったいヅラを切り刻んでやろーか?」
「ヅラじーー」
「桂さん!天人が動き出しました!」

桂の決まり文句は、この一報によって遮られた。




天人が動き出したと一報が入った後、皆、作戦を練ったり、武器や装具の手入れをしたりと慌ただしく動き回った。ようやく、開放されたのは夜遅くだった。銀時は部屋に帰るとそのまま畳の上に寝転んだ。明日からまた戦が始まる。この休戦期間に千草に出会い、色々と大変であったが『坂田銀時』としていられた。明日から、『白夜叉』としてまた生きていかなければならない。銀時はため息を突いた。部屋の襖が開き千草がひょいと顔を出した。

「あの…銀さん…今日はすいません」

痛かったよね。おずおずと銀時の傍へと寄り座る。

「まったくだぜ。死ぬかと思っちまったぞ」

銀時は寝転んだまま、傍に座る千草を見上げて言った。

「うぅ。すんません」
「一体何をあんなに慌ててたんだ」
「え!?いや…それは…うん、な何でもないっ」
「訳わかんねぇよ…そーいや、飯以降姿見えなかったけど、こんな時間まで何してたんだ?」
「明日に備えて、久坂さんと薬とか整理してたの。…明日、戦に行くんだってね。」


「ああ…もしかしたら、もー会えないかもしんねぇな」

冗談混じりに言ったのだが、突然、髪を引っつかまれ、ぐいぐいと引っ張られた。

「いてっ!おいっ!抜ける!髪抜けるって!」

銀時は髪を掴んでいた千草の手首を掴み、剥がそうとするが、それが余計に髪を引っ張る羽目になってしまった。諦めて、掴んでいた手を離し、起き上がる。その反動で髪が下に引っ張られた。

「あの、本っ当、髪抜けーー」
「そんなの駄目です」

千草の手が髪の毛から離れ、今度は銀時の着物の胸ぐらを掴む。驚いて彼女の顔を見れば千草は怒っているのか悲しんでいるのかよく判らない表情をしていた。

「私を守るって言ったんだったらそれを遂行してよ。これから先、銀さんにさよならは言わないから。」

そう言って胸倉を掴んでいた千草の手が離れる。銀時はふっと息を吐きくしゃりと千草の頭を撫でた。

「…俺は、死なねぇよ。そう簡単に死にはしねぇ。俺は…」

白夜叉だぜと言いそうになって口を噤んだ。千草はまだ、白夜叉という名、存在自体を知らないはずである。

「いや…明日は、俺も千草も早いんだから、もう寝ようぜ」
「…うん。おやすみ」

千草が部屋を出ていった後、再び畳の上に寝転んだ。染みだらけの天井を見つめる。
昼間、腕の中に抱いた
千草の身体は細く、ほんの少し腕に力をいれてしまえば壊れてしまいそうな程、華奢な身体だった。銀時の胸の奥底で、ふつりと芽生えたなにか。銀時がその感情の名前を知るにはまだ先のことだ。

白夜叉の存在を知った千草は俺を恐いと拒むだろうか……。

微睡みのなか、そんな事を思いながら銀時は静かに目を閉じた。





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