其の三



翌日、風邪もすっかり治った銀時は朝食をとっていた。その横に、高杉が自分の飯を持ってどかりと腰を下ろす。

「やっぱ馬鹿は一日で全快してやがるな」

「ああ?これは、俺の体内が素晴らしい作りをしているって証拠じゃねぇか、ちびっ子」

白いご飯を口の中で噛みながら、銀時は横目で高杉を睨み「ほれ、カルシウム取って背を伸ばせ」と煮干しを高杉に差し出した。

「死ねボケパー」

「お前が死ねチビ助」

「おんしら、飯の時ぐらい静かにしゃーせんか」

「坂本の言う通りだぞ。まったく貴様等はどうしてこうも喧嘩ばっかりするのだ。今はそんなことをしている暇はないのだぞ。もっと自覚を持て自覚を。まったくもー!」

桂の長々とした説教を右から左へ受け流しながら、銀時は千草の姿を探した。朝、昼、夜と飯の時はつねに忙しそうに回っている千草の姿が今日は見えない。どうしたものかと、通りかかった三太に尋ねる。

「ああ。千草さんなら、気分がすぐれないゆうて、食事の用意しはってからは部屋で休すんでいますよ」

「もしかして、銀時の風邪が移ったんじゃないのか」

桂が憐れんだ表情を浮かべた。銀時は、
無理もない。昨日は半ば強制的にあの様な事をやらせたのだ。しかも半日も。よくもまぁ、やってのけたものだと感心をしつつも、銀時は自身に責任を感じならば様子を見に行こうと残りの飯を急いで掻き込んだ。






一方の千草は、布団の上でうんうんと唸っていた。

「やばいよこれ!痛すぎる!死ぬ!生理痛に殺される!」

千草は風邪を引いて唸っていたわけではなく、生理痛に悩まされていたのだ。今まで、生理痛に悩まされた事がなかったので、何故今回この死ぬような痛さが起きたのかと千草は不思議でならなかった。

「やっぱし環境が変わったせいかな…あ〜そろそろ片付けに行かなきゃ…」

面倒臭いなぁと思いつつも三太だけに片付けをさせたら可哀相だったので千草はずるずると襖まで這っていく。襖に辿り付くと立ち上がり、襖を開けようとした時、いきなり襖が開いたので千草は小さな悲鳴をあげてしまった。

「あー悪ぃ。驚かせちまったな」

襖を開けた主である銀時はそれを見て、頭をかきながら言った。

「あ。ううん。そんなことないから」

「大丈夫なのか?」

「へ?何が?」

「身体だよ。三太から聞いたぜ。気分が優れないって」

と銀時の手が伸びてきて、千草の額に触れた。

「熱はないみてぇだな」

ふいの出来事に、

「…いや。少し熱いか」

それは、あなたが触っているせいだと突っ込みたい気持ちを何とか押さえて千草は大丈夫と言った。

「風邪じゃないから」

生理痛とは流石に言えなかった。銀時とて、良い歳なんだから女の身体事情を知っているはずであろうが、やはり異性にそんな話をするのは気が引けた。

「…それならいーけど。顔色悪いぜ?」

銀時と千草の身長差が結構あるおかげで、銀時が身を屈め、千草の顔を覗き込む形になる。

「いや。本当大丈夫ですから」

慌て、顔を退けようと後ろへ下がろうとした時、腹部に鋭い痛みを感じ、お腹を抱え込むようにその場に疼くまってしまう。

「おいっ大丈夫か!?」

「だ、だいじょうぶ」

「そーは見えねぇ」


「うひゃっ」

とたん、千草は自分の身体が宙に浮かぶのを感じ取った。

「今、久坂の所に連れてってやっから」

それは正に、自分が銀時に抱き上げられていた。俗に言うお姫様抱っこ。

「ぎ銀さん!本当、大丈夫だからっ!私何ともないからっ!」

「苦しそーな顔して何を言ってやがる。」

銀時はそのまま廊下に出た。これでは、本当に久坂の所に連れていかれてしまう。久坂だって、たかが生理痛くらいでこられては迷惑極まりないと、慌てて銀時の着物を引っ張った。


「ち、違うのっ!病気とかそーいうのじゃなくてっただの生理痛だからっ」

途端、点になる銀時の瞳。数秒沈黙が訪れた後、銀時が「悪ぃ」と閥が悪そうにつぶやいた。それから、千草を布団まで連れて行くと、そっとその上に下ろす。 銀時自身も布団の横に腰を下ろし胡座をかいた。目を泳がせながらもごもごと口を動かして銀時は申し訳けなさそうに言った。

「その、なんだ……。すまねぇ。俺のはやとちりだったな。俺ぁ、てっきり風邪を引いたのかと思ってたぜ」

「もしかして心配して来てくれた?」

「別に、千草が俺の看病して、俺が千草に風邪を移したとなると流石にバツが悪いだろーが」

照れているのか若干銀時の耳が赤く染まっているのに千草は気が付いた。迂闊にもそれが可愛いと思ってしまう。
くすくすと笑っていると、銀時に何笑ってるんだと軽く頭を叩かれた。

「そうだ、朝食の後片付けしに行かなきゃ」

そう立ち上がろうとするの千草の肩を銀時は押さえる。

「今日は休んどけよ。」

「でも」

「後は俺等がやっとくから。こーいうときは素直に甘えるもんだぜ」
「……うん。……銀さん、ありがと」
「おう」

銀時はへらりと笑った。





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