其の二



 銀時が風邪を引いたのは千草達と市に行った次の日だった。

「馬鹿は風邪ひかねーんじゃなかったけ」

高杉は、鼻を赤くし怠そな目をした銀時を見て鼻で笑う。それに腹が立った銀時は鼻声で言い返した。

「うるせぇ誰が馬鹿だ。チビ」 

「殺すぞクソパー」

「やんのかコラ」

「貴様らやめんか!まったく!高杉、銀時は一応病人なんだぞ」

「ヅラ、一応は余計だ」

ズビズビと鼻を啜る銀時に桂はひと睨み入れた。

「ヅラじゃない桂だ。銀時、貴様もだぞ。病人は病人らしく大人しく寝ていろ」

「へいへい。分かりましたよ」

言われたとおりに大人く横になる。それを見届けた二人は立ち上がった。

「近々、天人どもが動きだすやもしれん。それまでに治せよ銀時」

「心配すんなヅラ。馬鹿は明日には全快しやがるから」

「だーとけよ。このチビ杉。馬鹿はてめーだろチビ」

「チビチビうるせぇんだょ。クルパー。てめぇは頭のなかもクルパーじゃねぇか」

再び、銀時と高杉の口喧嘩が始まると桂の怒りが頂点に達した。

「貴様等ァァ!!!いい加減にしろォォ!!!!」

「ひぃっ!す、すいません!!」

桂が叫んだのと、千草が襖を開けるのは同時だった。 千草は桂の怒声に思わず謝ってしまう。と、銀時が笑いながら 一度横になっていた身体を起こす。

「おめーが謝ってどうするんだよ」

「え?いや…つい」

「驚かせてすまなかったな。…まったく。貴様らが謝るべきであろうに」

「なんで俺がヅラに謝らないとけねぇんだ」

「俺だってヅラに謝りたかねぇよ。おら、てめーら俺は病人なんだから用がすんだんならとっとと出て行きやがれ」

さっきまで口喧嘩していてどこが病人だと桂は悪態をつきながら「ヅラじゃない桂だ」とお決まりの文句を言い千草の横を通り抜ける。

「千草殿後は頼んだぞ」

「あ、はい」

「高杉行くぞ。喧嘩やってる暇があるなら、作戦でも考えろ」

高杉は無言で千草の横を過ぎる。その際、ジロリと睨むと千草は脅えたように肩をすくませた。その様子を目にした高杉さ小さく舌打ちをすると、そのまま、やはり何も言わずに廊下を歩いて行った。




「あの女、気にくわねぇ」

「何故だ?千草殿はよく働いているぞ。飯も美味いじゃないか。それに、彼女が来てから、銀時がよく笑うようになった。口数も多いではないか」

それの何処が気にくわないのだと、問われ高杉は鼻を鳴らした。

「それが気にくわねェんだ。白夜叉たるものが、あんな女に現を抜かすなんざぁ、興ざめするぜ」

高杉は不満めいた口調でぼやき、自室の襖を乱暴に開ける。
もしかして高杉は千草が好きなのかと桂は思ったが、口にすることはなかった。





「銀さん、体調はどう?」

「んあ。ぼちぼちだな。鼻水は出て来るけど」

銀時は出て来る鼻水を啜りなが応えた。
まあ、口喧嘩をしていたぐらいだから、かなり具合いが悪いわけではなさそうだ。くすりと笑いながら千草は持ってきた薬と氷水を畳の上に置き銀時に薬を差し出した。

「はい。薬」

「………いらねぇ」

「いらねぇ。じゃなくて、飲むの」

「………ほっときゃ治る」

「そんなの駄目です」

「………甘い薬ねぇの」

「薬は苦いからこそ効き目があるの」


それは、ごもっともでと銀時は渋々千草から薬を受け取った。

「漢方のこと勉強してたのに、いざ処方となると焦っちゃってさ、結局、久坂さんに処方してもらったの」

千草の言葉を聞きながら銀時は薬を口に流しこんだ。咥内に苦味が広がる。うぇと顔をしかめ、水を受け取り苦味を消そうと一気に飲み干した。

「苦っ」

空になった湯飲みを受け取り、まだ顔をしかめている銀時を見て千草はくすりと笑った。

「ほら、薬飲んだし横になって」

やんわりと肩を押され、銀時はされるがまま横になった。

「なぁ千草。おまえ、高杉が苦手なの?」

手ぬぐいを氷水に浸し、それを絞っていた手をぴたりと止める千草を見て、ははん。図星だなと銀時は思った。

「さっき、高杉を怯えた目で見てた」

なんという観察力。凄いと関心しながら千草は苦笑いをする

「ちょっと…ね…怖いっていうか…雰囲気が…ごめんなさい」

「なんで俺に謝るんだよ」

「だって…銀さん、高杉さんと昔から親しい仲なんでしょ。」

「まーそーだけど。あいつ、色んな意味で俺も恐ぇしあいつガキだしちびっ子だから謝る必要ねぇよ」

ちびっ子は関係ないのではと思いながら千草は、銀時の前髪を払いのけ、露になった額に手を載せた。氷水に触っていたせいか、冷たいその手が銀時には心地よく感じられた。

「少し熱いね」

千草の手が離れようとしたので、とっさに銀時はその手を掴んだ。

「な、何?」

「手、千草の手、気持ちいいから、そのままでいて」

「えっと……手ぬぐいあるんですが」

「手ぬぐいはいい……お前の手が気持ちいい」

これは確信犯なのか、はたまた天然のたらしなのか。千草は恥ずかしくなって、顔が赤くなって、銀時の顔が見られなくなり、銀時から顔を反らした。

「あ、うん。大丈夫だよ。そのままでいるから」

そう言われ、銀時は掴んでいた手を離す。
額に、心地よさを感じながら、眠気が押し寄せ、瞼がとろとろと重い。
今まで、他人の気配があるだけでも眠れなかったのに。千草が傍にいると安心できる。白夜叉と呼ばれる俺が、会って間もない女に、ここまで安心するなんて俺はいったいどうしたんだろうかと思うも、銀時はそのまま瞼を閉じて眠りに落ちた。

千草はというと夕方頃に銀時が目を覚ますまで、動けずにいたという。





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