其の一



千草は、銀時と坂本と一緒に近くの町で月に一度開かれる市に来ていた。元いた世界であまり見かけることのない風景に千草は目を輝かせ、一つ一つの出店に足を止めては、珍しい品物を手に取って眺めていた。

「おい。んな事してる暇はねぇぞ。まずは食いもんと薬を買う事が先だ」

銀時に腕を掴まれ、その場所からずるずると引きずられる羽目になってしまう。
食糧、薬と必要なモノを買い揃え、三人は昼食を兼ねて定食屋に入った。

「わしゃァ、カツ丼を頼むき」

「えっとじゃあ、私は天そばで」

「俺は、いつもの」

「常連なの?」

「ああ。市に来たときゃ、この店によく来んな」

「この店は、安くて旨いからのぅ」


へい。お待ちと銀時に出されたモノを見て千草は目を丸くした。丼に盛られたのは小豆の山である。

「ぎ、銀さん………それ何?」

「あん?宇治銀時丼に決まってんだろ」

そう言って、『宇治銀時丼』を頬張る銀時を見て千草は口の端をひくひくとさせる。

「いや、小豆とご飯と一緒に食べるのって」

「あはは。千草ちゃん!金時はのぉ、甘党なんじゃぁ」

「金時じゃねぇ銀時っつてんだろーが」

甘党だとしてもこの食べ方は異常すぎる。若干、引きぎみで自分に出された天ぷらそばを啜る千草であった。



定食屋を出て、次に向かったところは呉服屋だった。不思議そうに銀時を見上げれば、銀時は無表情で言った。

「着物、買ってやるよ」

「え?そんな。着物なんてっ」

そんな高価な物を買って貰う訳にも行かないと、千草は慌てて首を振る。

「いつまでも、俺の着物着るわけにもいかねぇだろ。それに千草に俺のはでけぇだろ」

「わしゃ、そのぶかぶか加減好きじゃがのぉ。そそられる」

「てめぇは黙っとけよ」

ベシッと軽快な音を出して銀時は坂本の頭を叩いた。

「金のことなら気にすんな。それに、これはヅラに言われた事だし。ほら。行くぞ。辰馬、ここにいろよ」

「で、でも私、着付けの仕方知らないし」

「んなの、教えて貰えば良いじゃねぇか」

銀時に腕を引っ張られ、千草は言われるがままに呉服屋に入った。

様々な柄の着物があるなか、千草の目に止まったのは桃色の無地な着物をだった。

「私、この着物が良い」

「そんな地味な着物で良いのかよ」

「良いの。だって、炊事洗濯するから綺麗な柄の着物は何だか勿体ない気がする」

銀時は、ふぅんとだけ呟くと店主に金を払い、外で待っていると店を出て行った。

「あらまぁ。なんだか素っ気ない恋人なのね」

銀時を背を見ながら店主が言うと千草は恋人じゃないと真っ赤になって否定する。

「あら。そうなの?…まぁ、いいわ。さぁ、着付け教えてあげましょうか」

お願いしますと千草は頭を下げた。





「あの、お待たせしました」

着付けを終え、千草は銀時達の元へと戻る。

「おりょ?千草ちゃん、なんか雰囲気が違うのぉ」

「……な、なんか、お店の人がついでに化粧してくれて……」

実際は「折角だしお化粧をしてあげるわ。これで、さっきの銀髪のお侍さんを落とすのよ」と半ば強引に化粧をされたが、こんな恥ずかしい事を言える訳がないと千草は本当の事は言わないでいた。
千草はちらりと銀時を見遣る。太陽の光できらきらと輝く銀髪に、意外と整っている顔。その顔がふっと緩んだかと思うと、大きな手が伸びてきて頭を撫でられる。

「結構、良いんじゃねぇの」

顔が熱くなるのと同時に胸がきゅっと締め付けられた。

「あれだ……馬子も衣装だな」

「うるさいっ」


今のトキメキを返せっと言わんばかりに千草は銀時の背中を叩いた。






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