「…あなた、また来たの」





10年前の並盛中・応接室。

応接室に設けられたソファにゆったりと座り、書類の確認をしている学ランを羽織った君は、応接室のドアに凭れ掛っている僕に視線だけ向けるとわざとらしく溜息を漏らした。

しかしそんな姿ももう随分と見慣れた光景で。




「溜息ばかりついていると幸せが逃げるよ。僕まで不幸になるから止めてくれる?」





対して、

ドアに凭れ掛っている僕は目の前で書類と向き合っている君にそうに告げると、君が座っているソファの隣にゆっくりと腰を下ろした。

二人座っても十分ゆとりのあるソファ。
手を伸ばせばすぐに君に触れられる距離。
うん、悪くない。




「ちょっと、なんでわざわざ僕の隣に座るの」

「僕がどこに座ろうと僕の勝手だろ。それとも何。君の膝の上にでも座れば良かったの」

「頭おかしいんじゃないの。いいから僕の近くに寄らないで」

「それは無理な相談だね」
学ランを羽織った彼は10年前の僕。名を「雲雀恭弥」と言う。そして僕の名前も右に同じく。

他から見れば兄弟に見えるのだろうけど、僕たちは「雲雀恭弥」と言う同一人物。



つまり今、現在と未来の「雲雀恭弥」が同じ時代に存在しているという事になる。
本来ならば有り得ない組み合わせなんだけど。



なぜ僕がこの時代にいるのか。そんなの理由は単純明快。
ただその時はちょうど暇を持て余していて、そう言えば過去の僕はどんなだっただろう。なんて思ったら会ってみたくなって。


ただの興味本位でしかなくて。それだけの感情しかなかった。

それ以上の感情なんて、なかったのに。




「恭弥」




そう君の名前を呼びながら、目の前でふわふわと揺れる君の黒髪に指を差しいれてゆっくりと撫でてやる。

今の君の髪は僕とは違って柔らかくて、指をすり抜けていく髪の感触が気持ちいい。




「…触らないでよ」




そう言うと君は目を伏せてきゅっと唇を噛んだ。

手に持っている書類は強く握ったらしく、大分皺が寄ってしまっている。
あぁ、大事な書類だろうに。


恭弥が手に持っている書類を無理やり手離させて机の上に投げる。
邪魔だからね。

一枚だけ変な方へ飛んでいってしまったけど、今はそんな事に構っていられない。






初めは見ているだけでよかった。次には話しかけてみたくなって。 その次には触れてみたくなった。

そしていつの間にかもう、それだけでは満足できなくなっていた。

君が過去の僕だとか僕は未来の君だとか、そんな事は僕にはどうだっていいんだ。
僕が過去であるこの時代に来る理由なんて、ただそれだけなんだよ。




君の反応を見て楽しむのも一興だけど、もう今はそれだけでは満足できないから。
今日はそれを終わらせる為に来たのだと知ったら、君は一体どんな反応をするのかな。



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