銀時と妙


「ねえ銀さん」

大きなクリスマスツリー。きらびやかなイルミネーション。サンタやトナカイのまがいもの。ちなみに私もその中のひとり。このシーズン、世の中は騒がしく、歌舞伎町もひときわ賑やかだ。もちろんキャバ嬢は稼ぎ時。だけどわたしはすまいるで客の隣に座るのではなく、こうして街中を歩いている。彼の分厚い外套を羽織って、その大きな手に引かれ、高い背を眺めながら、テクテクと。

「この手は何なんでしょう」
「何なんでしょうねえ」

今日はクリスマスイブだ。無宗教なのか多宗教なのか、日本人は外国のイベントに何だって乗る。とにかく乗る。
キャバクラではコスプレなんかしてちょっとしたイベントにする所が多い。すまいるだって例外ではない。私はさっき更衣室でサンタの衣装に気がえたばかりだ。しかしその直後、裏口からこの男が入ってきたのだ。いきなり自分の外套を肩に羽織らせると手を取り、私は連れ出され、いまに至る。

「どうして私たちはこんなところで歩いているんでしょう」
「どうしてでしょうねえ」
「ねえ銀さん」
「なに」
「寒くないですか」
「さみーよお前。いやまじで。防寒着ねえんだぞ」
「じゃあ何で私があなたの大事な大事な防寒着を着ているのかしら」
「…何ででしょうねえ」

はああ、と嘆きに近いため息を漏らして頭を抱えた。
おれだって何でこんなことになったのか教えてほしいくらいだコノヤロー。 つぶやいたつもりだろうがちゃんと聞こえている。そうか、勢いでやったことなのか。(店はどうにかなるけれど)(私だってことばの一つくらい欲しい)(だって今日は…)
ピタリと前の男の足が止まる。わたしもそれに倣って足を止めるとゆっくり彼が振り向いた。

「だって…今日、クリスマスだし」

ふてくされたような顔で言った。(どうしてあなたが不機嫌になるの)

「クリスマスって、特別な日、らしい、し…」

らしいとはどういうことよ。そもそもクリスマスってキリストの誕生を祝う日でしょう。こんな風に騒いでいいのかしら。彼の後ろで鮮やかに彩られた背景をぼんやり見た。
誕生日を祝うとかこつけてイチャつく恋人たち。前日から浮かれる人びと。赤と緑に輝く町。主役はプレゼントを運んでくれるおじさんだ。キリストは怒っていないかしら。拗ねてはいないかしら。バチは当てないでほしい。 ねえ神様。どうかこの夜は許して下さい。だってみんな、とても幸せなんだもの。
さっき鳴った携帯のディスプレイには友人から小粋なのかお節介なのか、簡素な文面が届いた。 こっちは任してね、メリークリスマス。

「銀さん、顔が赤いわ」
「…おれお前のそういうとこきらい」
「ねえ私たちって、恋人同士でしたっけ」
「…そういうのもきらい」
「じゃあ特別な日だからって連れ出されたとしたら、これってどういう意味かしら。」
「…そういう、かわいくねえとこがきらいなんだよ」
「まあ、変わった人ですね。そんなにきらいな女と手を繋げるなんて」
「こんなにきらいなとこばっかなのにベタ惚れだから困ってんだろうが」

彼の低い声が空気を振動させてわたしの鼓膜に届く。その声が、わたしはきらいではない。ずっと聞いていたいと思う。彼はまた口をへの字に歪めてそっぽを向き、何やらぶつぶつと愚痴っている。どうせまた可愛くないとかなんだとか言っているに違いない。それでもなお、放そうとしない右手を見て彼を愛しく思うわたしは変だろうか。

「あなたにしては上出来ね」

耳まで真っ赤にするこの年上の男の人が愛しくてたまらない私はどうかしてるだろうか。だけど仕方ない。私はとっくに彼にベタ惚れなのだから。そして今日はクリスマスイブ。奇跡が起きたっておかしくないでしょう?

「銀さん」
「なに…うおっ」

わたしは彼の唯一の防寒具である赤いマフラーを引っ張った。
首ごとこっちに引き寄せると耳元で囁いてやる。

「メリークリスマス」

ちゅ、とその頬に小さなプレゼントを落として。





ニーナ(2011/12/21)



もどる
[TOP]








×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -