銀時と妙


「ねえねえ銀さん、わたし重いですかあ?」

あまい、陽気なその声は耳元で発せられた。酒くせえ。あー、ついてねえなマジで。珍しく酔った妙の鼻緒が切れたから、店の奴らが期待するような目で見るから、放っておくと後日痛い目を見るから。仕方なく、本当に仕方なく彼女をおぶって帰ることになった。まったく面倒な女だ。

「重い。置いてってもいい?」
「ふふふ。置いてったら末代まで祟ります」

女はご機嫌だった。なにがおかしいのかさっきから笑いっぱなしだ。

「子孫は残さないつもりだから置いてっていい?」
「だーめ」
「だーめとか言っても可愛くねーよ」
「だってぇでコンクリートで寝たら風邪引くでしょ?」
「お妙さんなら大丈夫だと思うよ」
「でも、わたし、ちゃあんと申し訳ないって思ってるんですよ」
「はいはい」
「ご迷惑おかけしてるなあって思ってるんですよ」
「わかったわかった」
「わかってなあい!」
「…っせぇ。お前声でかい」
「わかってないもん」

ぐりぐりと首筋に額を埋める。小さな子どもが親に甘えるみたいに。

「銀さんの背中って思ったより小さいですね」

妙は、今度は笑わずに言った。酔っ払いって感情の起伏がよくわからないからややこしい。

「あ?何だよ、それ。たっくましい銀さんがおぶってやってるのに」
「たっくましくない!貧弱!もやしっ子!」
「ちょ、うるさっ…!」
「だってねえ、父上はもっと大きかったもの」
「あー、そうですか」

また父上かよ。こいつから弟の言葉が出てこなければ父親だ。

「そりゃあ、お前がガキだったからだろ」

面白くないので少し意地悪を言う。父上の背中が大きかったのではなく、お前が小さかっただけだと。だから俺だって逞しいだろ。お前をおぶれるくらいに。無意味で些細な対抗心だった。

「そう!そうなんですよ」
「へ?」
「わたし、小さかったの。だから父上の背中が大きかったの」
「あ、そう…」
「銀さん」
「なに」
「申し訳ないですね、ほんとうに」
「わーったって、もう」

またそれか。酔っ払いの話にいちいち相手してはいけない。申し訳ない、なんて。迷惑かけている、なんて。べつに、そんなの、

「でも別にそんなのいいですよね」
「…は?」
「だって銀さんだもん」

ふふふ、とまた笑う。妙の髪は自分の首に触れているのに、何故か心臓がこそばゆい。

「迷惑かけちゃおーっと。だって銀さんですものね」

わけのわからない理屈を言いながら、腕をぶらぶらと揺らした。酒の回った甘ったるい息がかかる。

「ねえ、怒る?」

怒る?と聞いた声すら笑っていて、相手の怒りを買う言動ではないと彼女は十分に把握している。だけど銀時は少し困惑していた。妙の言うそれは、まるで身内や家族に向ける甘えのようで、銀時は困惑していたのだ。

「…別に、」
「べつに?」
「怒んない、けど」
「そう?ならよかった。」

何に一番困惑しているかと言うと、自分だから迷惑をかけてしまおうと言われたことに対して喜びのような感情が生まれていることだった。いやいやいや、なに喜んでんの。馬鹿じゃねーの。戸惑う俺を無視して妙は続ける。

「わたし決めたの」
「何を」
「銀さんにも、ね。いっぱい迷惑かけて困らせてあげます」
「なんでだよ。おまえ俺に恨みでもあんの」
「困らせて、怒らせて、わたしを置いてったりしたら末代まで祟りますから」

だらりと垂れた細い腕を横目で見る。銀時は眉を歪めて妙の身体を持ち直した。

「銀さんは子孫を残すから、ちゃんと末代まで祟りますから」
「何だよ、それ」
「あなたは子孫を残すし、わたしを置いてったらその子が不幸になりますから」
「なんかの予言か」
「だから、投げやりに生きてはいけません」
「は…」
「自分だけの命だって、人生だって、そんな無責任なこと考えて無茶しないでください。大切に生きないと、困るのはあなたの子孫です。」
「…」
「あなたの家族です。」

ほんと何言ってんの、お前。
そう思ったけれど声にはならず、妙はそのまま一人で続ける。

「ずっとね、あんまり人には迷惑かけないで生きていきたいなって思ってたんです。出来るだけ、自分一人で、生きて、いきたいなあって」
「…うん」
「でも、もう辞めました」

妙が腕を銀時の首の前で組み直した。抱きしめられているように感じて、またこそばゆい気持ちになる。

「あなたもそうして下さい」

街頭の灯りが二人の影を長く伸ばす。銀時は一度立ち止まって、妙の顔を振り向いた。

「迷惑も心配もちゃんとかけてください。あなたの背中は小さいから、わたしがこうやって守っててあげます、から…」

とろんとした瞳が柔らかい眼差しを送る。

「ねえ、あたま、いいでしょう?」

得意げに言って笑った。この女は、たまにとんでもない事を言い出す。銀時はいつものようにすぐに言葉を返すことができなかった。

「…ばーか。さっさと帰るぞ」

本当に、とんでもない事を言い出すんだ。酔っ払いの言葉を鵜呑みにしてはいけない。でも、この女は思ってもいないことを言ったりしない。たとえ酔っていたとしても。そう思のは俺の願望なのだろうか。本音であってほしい。酔っ払いの戯言でなく、心からの言葉であってほしい。それは確かに哀れな願望なのかもしれない。

(迷惑も心配もちゃんとかけてください)

それでも、

(わたしが守ってあげます)

その言葉に呆れるほど喜んでいる自分がいて、思わず苦笑が漏れる。そういうのは、大昔に諦めたと思っていたのに。

「ばかって言う方がばかだもん」
「だから可愛くねえって」
「銀さんの背中は小さいけどあったかいですね」
「あ、そう」
「父上とおんなじくらいよ」
「また父上かよ」
「あったかいと眠たいですね」
「もうお前寝てろ。着いたら起こすから」
「…ん」

こつん、銀時の首筋に妙の頭がもたれる感覚があった。しばらくして寝息が聞こえてくる。ついに眠りに落ちたのだろう。おたえ、と小さな声で呼ぶ。反応がないことを確かめて銀時は夜空を見上げた。

「なあ、さっきのってさ、逆プロポーズ?」

馬鹿みたいなことを呟いて足を踏み出す。おぶさる妙にすっかり抱きしめられているような感覚に陥っていた。少し遠回りしたい気分になったが風邪でも引かせてはいけない。仕方なく家路を急ぐ。この女は、たぶん明日には忘れているのだろう。おぶって送ってやったことも、酔っ払いの話に付き合わされたことも、俺を守ってあげると言ったことも。だから厄介なんだよな。銀時はゆるむ頬に力を入れて、一人夜空を眺めていた。


ニーナ(2015/4/5)


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