その店は自宅の近く、大きな道路から一本外れた狭い路地に面して立っていた。古びてはいるが中は綺麗だし家庭的な雰囲気が落ち着く。こじんまりとしていて、客も女将も年配であった。はじまりは、その女将にたまたま声をかけられたこと。普段は通らない道を、自宅への近道になるのではと始めて通った時だ。あんた学生さん?惣菜余ったから持って帰んないかい?まさか彼女が無料で惣菜を渡そうとしているとは思わず、しかしちょうど空腹で疲れ果てていたため申し出をありがたく受けた。金を払おうとすると笑って断られる。残り物で金取っちゃバチが当たるよ。それよりしっかり食べるこったね。毒は入ってないから安心しな。それでは悪いと狼狽しているうちに女将はのれんを外してさっさと店の中に入っていった。受け取るしかないと思い、深々と頭を下げ家路につく。

「ただいま」

言っても返って来ない挨拶を、ほとんど意地で続けていた。いってきます。ただいま。いただきます。ごちそうさま。帰って来た時に暗いのが嫌で家を出る時から電気を付けっ放しにしているくせに、灯りが着いた部屋に誰もいないという矛盾が酷く空しい。どうやったってこの寂しさからは逃れられず、そしていつかは慣れなければいけないのだろう。静かだ。テレビをつける気にもなれず、もらった惣菜の入ったタッパをあける。里芋や人参がごろごろ入った煮物。きんぴらごぼうに生姜焼き。美味しかった。皿に移し替えることもせず、レンジで温め直すこともせず、のろのろときんぴらごぼうを口へ運んだ。美味しいと思った。気持ちがどんどん緩んでいくような気がして、慌ててテレビをつける。弱音でも吐いてしまいそうなのでバラエティを探した。毎日こんなに人に囲まれているのに、他人の温度を感じることがどうしてこんなに遠いのだろう。いくつか回したチャンネルの先で、たまたま化粧品のコマーシャル目に入る。春の新色アイシャドウだ。色とりどりの花の中、仰向けに寝た自分がゆっくりと瞼を開く。もう少し大人っぽく演じればよかった。後悔はどんな役でもやってくる。志村妙は画面から目を離してチャンネルを回した。

「新ちゃん、もう寝たかしら」

テレビ台に弟とのツーショット写真が置かれている。まだ12、3歳の頃のものだ。妙がまだ芸能界に入る前。無邪気な笑顔がそこにある。

「寝たよね」

ひとりごちて、写真から視線を引き剥がした。

テレビの中にいる自分も、写真の中で笑う自分も、ひどく遠いように妙は感じていた。


おすそ分けのきんぴらごぼう



ニーナ(2015/2/1)








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