銀時と妙

1.相談相手


だって長谷川さんは何かとトラブルに巻き込まれそうだ。ヅラはとんでもないことを言い出しそうだし、辰馬はもっととんでもないことを言い出しそう。新八はモテないし眼鏡だからダメ。つかあいつには言えない。だからって沖田くんに言うと絶対町中の噂になるだろ。近藤はモテないしストーカーだからダメ。つうか根本的にダメ。土方は、癪だから絶対に相談なんかしない。

「つうわけで見事選ばれましたオメデトウ」
「何の話だよ」

つらつらと訳のわからぬ説明をしたあと銀時はビールを呷った。全蔵は前髪で隠れた目で彼の方を見る。

「俺だってね、別にお前を全面的に信頼してる訳じゃねーよ。ただ消去法でいったらお前が一番マシなの」
「だから何の話だよ。つか何?喧嘩売ってんのか?」

こっちだって暇じゃない。相談があるとわざわざ呼び出されて来てやったのに何だよ消去法とは。

「まあいい。で?なんだよ。相談って」
「ああ、ウン」
「女絡みか」
「まあ、そんなとこ」
「煮え切らねえなァ。何よ。妊娠でもさせちまったか」
「あほか。ちげーよ」
「そうなったら腹くくるしかねえぞオイ。ちゃんと責任取りなさいね」
「だから違うっつうの。」
「どうだか。何気にお前ハーレム状態だからな。何故か羨ましくはないが」
「てめーはブス専だろ」

はあ、とため息をついて大根の煮物に箸を入れた。

「お前さ、」

半分に分けた大根から湯気があがる。実に旨そうだ。しかし銀時はいつまでたっても口へは運ばなかった。

「ちゃんと恋愛してきた人?」

思わぬ言葉に全蔵はおしぼりを落とす。え、いま何て?

「ちゃんと、真っ当に、恋愛してきた人かって聞いてんだよ」
「な、なんだよ急に」
「そんな訳ねえよなぁ。だいたい俺の周りにはロクな奴がいない」
「ちょ、お前どうしちゃったの本当に」
「うるせえな」
「何、ガチなの?」
「うるさいって」
「なんだよ、相談のってやってんじゃんかよ」

この男にそんな感情が備わっていたとは。たしかに自分とて真っ当な恋愛をしてきたわけではないが、彼は特に”そういうこと”とは距離をとっているように思えた。だから意外で、どこか面白かった。だいたい人の恋路は面白いものである。全蔵は銀時のグラスにビールを注いだ。さあさあ洗いざらい話しなさい。

「どーやって誘えばいいかわからない」

やっと大根を口に入れた。ビールを呷って、ついた泡を拭き取る。

「は?」
「いや、だから、誘い方がわかんねえ」
「普通に言やいいじゃん。デートしようって」
「言えるかよ」
「んじゃ1回みんなで会うのは?いろんな奴いたら怪しまれないじゃん。とりあえず飲んだり飯食ったりする仲になってから進めば?」
「それじゃダメなんだよ。いつもと変わんねえし」
「え?何、そんなに仲良いの」
「うん。しょっちゅう飯食ってるし、旅行もいった」
「はあ?旅行?何だよそれ、デキてんじゃん」
「デキてないの、それでも」

訳が分からない。どういう仲なんだ、それって。

「あー、めんどくせえなあ」

銀時が心底煩わしそうに眉をしかめる。ああー、と狭い席で伸びをした。微笑ましいなあ、オイ。

「現時点でそんだけ仲良いなら、とりあえず意識させるこったな」
「あ?」
「男だって意識させることだ。二人きりで会ってこれはデートだと理解させること」
「意識、ねえ」
「ま、せいぜい頑張るこったな」

三十路で初恋は辛いねえ。ぽん、と肩を叩くと三十路じゃねえと反論がきた。しかし初恋のほうは否定しない。微笑ましく、また羨ましく、ふっと目を細めたが、全蔵のそれはやはり前髪に隠されていた。




2.四面楚歌


「ねえ、様子がおかしいと思わない?」
「やっぱり?わたしも思ってた」

阿音とりょうの視線の先、妙は常連の相手をしていた。いつものように笑って座っている。が、さっきからどうも様子が変だ。酒をこぼしたり人にぶつかったりと些細ではあるが普段ならしないようなミスが多い。彼女の相手をしていた客がちょうど帰ったため、見送りから戻った妙を二人は控え室へ連れ込んだ。

「な、なによ」

阿音とりょうの影が彼女を覆う。追い詰められた妙は嫌な予感がしていた。動揺が漏れていたかもしれない。

「何よ、じゃないわよ。白状してもらおうじゃないの」
「白状って何のこと」
「しらばっくれないの。バレバレよ?お客はわかんないだろうけど、私たちを欺くにはミスが多すぎ」

彼女は隠し事が得意だ。常に笑顔であるため落ち込んだり悲しんでいることを外に漏らしたりしない。だいたい肝が座っているので大抵のことでは狼狽えもしない可愛くない女である。その彼女が、だ。落ち着かない様子で、何かを隠そうとしている。しかもこの感じは。

「オトコ関係?」
「なっ…」
「図星ね」
「ち、が…」

否定をしようと阿音やりょうを睨むが、上気していく頬が止まらない。妙は諦めてため息をつく。そんなんじゃないのよ。

「別に、告白されたとか好きな人が出来たとかそんなんじゃないの」

ぼそぼそと小声だけれど否定から始まるのが彼女らしい。次の指名が入る前に聞き出さなくては気になってしょうがない。

「じゃあ何よ、何があったの?」
「本当にくだらない事なの。向こうは多分そんな気ないだろうし」
「じれったいわね、いいから話を進めなさい」
「だから、二人が思うようなんじゃなくて、でも、例えばの話なんだけどね」

不安げに二人を見る妙の視線が無意識に上目で、こういうのを天然で出されるとたぶん男はイチコロだろう。

「いつも家族ぐるみで付き合ってる…ていうかいつもは大勢で会う人で、二人で会うとしても偶然だったり手伝ってもらう時だけだったり、そういう関係の人が」

指を揉んだり爪を触ったり、と自分の手をいじりながら妙は焦っていた。だって、こんな事は初めてだ。

「休みを合わせて二人で出かけよう、って言うのって…」

思い出すだけで頭がぐるぐるする。お誘いを受けることは幾度となくあった。だってナンバーワンキャバ嬢だもの。でも、だけど、相手が違うじゃない。

「どういう意味なのかしら」

まるで少女のような妙の様子に阿音とりょうは目を合わせる。ハア、と二人して息をついた。タイミングよくボーイが二人を呼び、よそ行きの声で返事をする。

「じゃ、行きましょうか」
「そうね。待たせちゃいけないわ」
「ちょ、ちょっと二人とも」
「なによ」
「聞くだけ聞いてひどいじゃない」
「だって馬鹿馬鹿しいんだもの」
「ばっ…て、どうしてよ!」
「ナンバーワンキャバ嬢が聞いて呆れるわよ」

うぐぐ、と言葉に詰まり、唇を尖らせた。だってあなたたちが聞いてきたのに。

「相手にその気がない?どういう意味なのかしら?って、あんたねえ」
「なによ」
「ほんと、困ったわね。その人がかわいそう」
「だって」
「それ、デートのお誘いなんだからちゃんと理解して行くように」
「デート…って、そんな関係じゃないんだってば」
「だぁかぁらぁ」

阿音が呆れた様子でため息混じりに言う。なんで私がこんなことを教えてあげなきゃいけないのよ。

「これからそういう関係になりたいって事でしょ」

とんでもない爆弾を落として二人は控え室を去ってゆく。だって、だってそんなの聞いてない。妙は上気を続ける頬に冷えた両手を添えた。やだ、どんな顔して会えばいいの。カレンダーをそっと見た。それは来週やってくる。




3.一歩前進


険悪なムードだった。メロンソーダをぶくぶくと吹く銀時は不機嫌そのものである。ぶっすー、という擬音でも聞こえてきそうだ。

「ちょっと銀さん」
「…なんだよ」
「お行儀が悪いです。神楽ちゃんがマネするでしょう」
「またかよ」
「え?」

妙がアイスカフェラテをストローでぐるんとかき混ぜる。横ではくらげが悠々と泳いでいた。場所は水族館の中のカフェ。平日の昼間ということもあって中は空いている。しかし空いていることが手伝って気まずい空気は増殖していた。

「今日は神楽はいねえよ」

不貞腐れたように呟く。頬杖をついてくらげに目をやった。傘を広げては閉じて漂い続ける彼らは生きてるだけで綺麗だ。

「何か…怒ってるんですか?」
「別にィ」
「怒ってるじゃないですか」
「怒ってねえってしつけえな」

ふくれっ面でまたメロンソーダをぶくぶくと吹く。妙は目を伏せてガトーショコラにフォークを刺した。

「今日は、神楽はいねえんだよ」
「…はい」
「新八もいねえんだよ」
「はい」
「定春も、ストーカーの連中も、真選組の奴らもいねえの」
「わかってます」
「二人なんだよ」
「わかってますってば」
「わかってねえよ」
「な…」
「新八が好きなアイドルのポスターがあるとか神楽が魚見たら腹減らすだとかストーカーが出てきそうだとか。他の奴の話ばっか」

ため息をついてショートケーキのイチゴを頬張る。わかってるよ、こいつが誰を大切にしているか。わかってる。だって自分だって同じだ。それでも今日は、

(何のために誘ったと思ってんだ)

それでも、今日は二人なんだから。
妙は彼の不機嫌を知っていた。その原因も理解していた。だけどはぐらかして逃げてしまわないと自分が持たなかった。そうしないと恥ずかしさで蒸発してしまいそうだったのだ。
くらげが泳いでいる。透き通る身体が光を反射して、ゆらゆらと漂っていく。幻想的な風景だと思った。きれいだと思った。彼はくらげみたいだ。掴みどころがないところとキラキラ光を放つところ。すぐに逃げてしまいそうになるところもそう。でも今日はちがう。全然いつもとちがう。それが少し怖かった。

「だって、」

頬が上気する。どうか赤くならないで。祈って、妙はまた冷え性の手のひらを当てた。

「だって、銀さんとデートなんて、どうしたらいいかわから、なくて…」

小さくなっていく声が震えてる。ほんとうにどうすればいいかわからないの。だって二人でなんて、そんなの今までなかったから。

「へ?デート?」

素っ頓狂な声で銀時が言う。思わず妙は両手を頬から離した。

「え…えっ、ちがうんですか?」

だって、だってあの二人が言ったんだもの。ちゃんと理解しろって。そう言われたから、わたし。でも違ったならなんて恥ずかしいんだろう。

「ちがう」
「え、」
「ああ、ちがう。そういう意味じゃなくて、デートじゃないっていうのがちがうってこと」
「デートがちが…?」
「いや、だからこれはデートだってこと」
「え、あ…あ、そうなんですか。」
「ふうん、そっか。ちゃんとわかってたのか」
「…どういう意味ですか」
「デートだってこともわからずについて来たと思ってた」
「ば、馬鹿にしないでください」

そうは言ったものの、同僚に諭されなければ自分は今日の今日までこれをデートだとは思わなかっただろう。だって期待をして落胆するのは嫌だから。急いでストローを持ってアイスカフェラテを飲む。ダメだ、浮かれているみたい。

「そっか、へえ。わかってたんだ」

銀時がくつくつと笑う。そうか、脈なしってわけでもなさそうだ。すっかり機嫌がよくなった彼はショートケーキを食べて時計を見る。ここを出たらどこに行こうか。俺だって初めなんですよ。本気で必死になるなんて。ほんのりと赤い彼女の頬を触りたい衝動を抑える。さあ、ゆっくり進んでいきましょう。


ニーナ(2014/12/24)claplog


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