銀時と妙


こんなつもりじゃなかったんだ。
男は細い肩に己の顎を乗せながら思っていた。こんなつもりじゃなかった。頭の中でくり返す。少し驚いた様子の女は、だけど彼の背中にやさしく手を置いた。とまどいながら、さまよいながら、細い指が大きな背中を支える。大の男が自分を支えとするようにもたれかかってくるのは正直重いし窮屈だ。それでも女のやさしい手は彼の背中をまもる。撫でたり声をかけたりはしない。ただそこにいるだけ。

(こんなつもりじゃなかったんだよ、ほんとうに)

とんだ誤算だ。今までこんなことはなかった。子どもの頃から一人で、このままずっと一人だと思っていたら先生や仲間に会って、嬉しくて楽しかったけど戦争が始まって、戦って戦って戦ったら全部ボロボロになって、手に入れたものを失くす残酷さを知って、それでもまた人に出会って、守って守られて、そうやって生きてきた。結局一人でなんて生きていけないのだと痛感した。それでも、

(まるで子どもみたいじゃねえか)

こんなふうに誰かに全てを預けるつもりなどなかった。身体を、こころを、全部預けてしまいたいと思うなんて。なんて不毛なんだ。
どうしてこの女なんだろう。どんな女といてもこんな衝動はなかった。自分よりも随分と若い、まだ子どもと言われる年齢の、どうしてこの女なんだろう。恋愛関係にだってなっちゃいない。身体を重ねる事はおろか、手を繋ぐこともキスをすることもない。なのに、おかしいだろう。思いながら彼女が自分の背中に手を置いた事に酷く安心し、そして感謝して目を閉じる。

(やばいな、これ。離れないかも)

直感だった。女はひっそり息をつく。彼を拒否してはいけない。男の人に触られるなど、まして抱きしめられるなど、自分の日常にはないことだ。あれば張っ倒して制裁を加えるだろう。それでも、彼を受け入れたのは、冗談やからかいで触れてくる人ではない事を知っていたからだ。それも切羽詰まったような顔で助けを求めるように縋る彼を拒む事など出来なかった。

(もしかしたらこれが母性なのかしら)

ちょん、と彼の頭に自分の頭をくっつけるとびくり大きな身体が揺れた。いつも飄々としているくせに。のらりくらりかわすくせに。耳が触れて跳ねた髪がくすぐったい。

(でも、)

眉を下げて女もまた目を閉じる。ほんの少し寂しくなる自分に苦笑した。きっと他の人ならばもっとうまく彼を支えてあげられる。守ることだってできる。自分よりも大人なら甘やかしてあげられるだろう。自分よりも純粋ならば救ってあげられるだろう。私は居る事しか出来ない。それが少しだけ申し訳なかった。それでも自分に出来ることをしよう。いいわ、今はすべてを許してあげる。あなたのためにだけそばにいてあげる。

(こんな、)

ふたたび男は思う。陽の光が彼女の膝を照らしていた。たとえば猫になったなら、その場所はとても寝心地が良いだろう。我ながら気持ちの悪いことを考える。
どうしようかな、本当に。こころの、魂の、預ける場所を見つけてしまった。今まで頑なに見て見ぬふりを続けてきたというのに。

(こんなつもりじゃなかったんだよ。なのに、ああどうしよう)

己の欲に男はついに観念して、深く息を吐く。戦とはいえ多数の人間を斬ってきた。数え切れないほどの人を傷つけてきた。そんな人間を受け入れる馬鹿がどこにいる。そう思って生きてきたのに。一人で生きていくことは不可能でも、誰かに寄りかかる事などないと思っていたのに。女がわるい。まるで全てを許したような笑みを自分に向けるから。他の男には向けないような信頼を自分にするから。求めてしまいたくなる。手を伸ばして、受け入れてほしくなる。どうしてこの女なんだろう、だなんて。下手なしらばっくれだ。彼女以外に預けられる場所などないくせに。肩に顎を食い込ませる。重いだろう。でも、もうちょっと我慢してくれ。俺だって本当にこんなつもりじゃなかったんだよ。


ニーナ(2014/12/22)


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