銀時(と妙)



「俺、お妙さんが好きなんです」


ハタチ過ぎのその青年は真剣な目をしてそう告げた。正面にいる銀時は思わず静止する。熱燗の入ったとっくりをひっくり返している最中だったので中の酒が左手にかかった時点で意識を取り戻した。

「あっ…つ!」
「ちょっ、大丈夫ですか!?おしぼりどうぞ」
「あ…ああ、悪い」

受け取ったおしぼりで左手と膝を拭く。目の前で心配そうにしている彼は、今日初めて出会ったはずだ。ふらり入った居酒屋で話しかけてきたのが彼だった。まだ幼さの残る笑顔が好印象な青年。たまには若者と酒を交わすのも悪くないだろうと話し込んでいた。聞くと、どうも酒屋の跡取りらしい。お坊ちゃんか、羨ましいねぇ。皮肉りながらも一生懸命店の事を語る青年が微笑ましく感じていた。こちらはもっぱら愚痴を聞いてもらっていた。仕事や子供たちや大家のこと等。彼女の、妙の話なんてひとつも出していない。何故、彼からあの娘の名が出るのか。そして何故自分は酷く困惑しているのか。酒を拭き取る間、酔った頭で懸命に考えていた。

「すいません。急に」
「いや、うん。大丈夫なんだけど何でいきなりそんな話になるわけ?」
「お妙さん、何度かうちの店にお酒を買いに来たことがあるんです。美人だし、何かと目立つし、俺は前から知ってたんですけど実際に話すうちにだんだん好きになって」
「ああ、へぇ。そうなんだ」

少し照れた様子で言い、カラになってしまった熱燗を頼みなおした。

「俺のこと覚えてないだろうなあって思ってたんですけど、この前初めてスナックすまいるに行った時に覚えてくれてて」
「ふうん」
「いつもお世話になってます、って営業スマイルなんだろうけど、笑って言ってくれて。俺すごく嬉しくて」
「まあ…接客業だからな」

想像した。彼女の笑顔はたぶん営業スマイルではないだろう。優しく笑う妙の瞳は、普段自分にはそう簡単に向けられるものではない。

「で、なんで俺に言うの?」
「ああ、仲良いの知ってたから」
「仲良いっつうか、あいつの弟が俺ん所で働いてるだけで」
「そうなんですか。でも、お妙さんは銀さんのこと信頼しているようですし」
「はっ、そりゃねーよ。一番ねぇわ。あいつ俺のこと全く信頼してないからね。つーことで俺の承諾なんかいらないよ」

承諾?と青年は不思議そうに首を傾げる。俺はあいつの保護者じゃない。家族でもないし信頼なんてされていない。だから俺の承諾なんかいらないんだよ。まっすぐに自分の足で立って、弟や家を守って、守られることに慣れていない彼女の姿を思い浮かべた。作る笑顔は大人びていて、それを時折崩してしまいたくなる。

「律儀だね、お兄さん。口説く前に保護者に挨拶しとこうってとこ?」

でも言っとくけどね、あいつ大変だよ?凶暴だし料理できねえしブラコンだしストーカー付きだし。
するめにマヨネーズをつけてしがむ。なんだよ、あの女の話なんかするから酒がまずくなってきたな。

「ああ、それから挨拶回りなら俺より弟だよ。それから最強のストーカーと幼馴染がいるからそっちにもね。つかあいつ思ってるより若いよ?まだ十八、だし」

言って気づく。いつも忘れているが、そうだあいつはまだほんの十八歳だ。だけどそれは俺が感じている印象で、目の前の彼とだとお似合いの年齢差だろう。万事屋と妙とで過ごす際、自然といつも線引きをしてしまっている。『新八、神楽』と『銀時、妙』というふうに。二人の面倒を見る”大人”として見てしまっているのだ。しかしそれは子ども達と一緒の時だけではない。俺の知り合いの誰といても彼女は大人として扱われる。仕事の場でも、弟といる時も、女友達に囲まれている時も、ストーカーを撃退している時も。そういう彼女しか見た事がない。だけど、もしも目の前の青年とならば、妙は年相応の少女として振る舞うことが出来るのだろうか。十八歳の、ただの少女として。思うと少しだけ心が軋むのがわかった。それが自分勝手だということを知りながら。

「はは、ああ、そっか。勘違いしてますよ。銀さん」
「あ?」
「知っています。弟さんも、ええとストーカーは近藤さんですね。あと幼馴染は九兵衛さん」
「え、知ってんの」
「はい。では改めて本題です。銀さんは認めてくれますか?俺がお妙さんを好きなこと」
「だから、それは俺が決めることじゃ…」
「近藤さんには言いましたよ」
「え?」
「言いました。ライバル宣言してきたんです。これから九兵衛さんと、あと弟さんにも言うつもりです。だからね、俺は別に銀さんの事を彼女の保護者だと思って許しを貰おうとしてる訳じゃないですよ」

目がうっすら細くなる。あ、なんかちょっと意地の悪い顔になった。はじめて見る顔だ。もしかしたら、奴はただの好青年ではないかもしれない。

「好敵手としての、これは宣戦布告です」

子供のような無邪気な笑顔で、男は言った。ちくしょう。思っていたよりもコイツ、ずっといい男だ。


「あら、」

その瞬間、聞き慣れた女の声がした。まるで仕組んだような登場だな。ふん、と負けずに不敵な笑みを浮かべる。

「めずらしい。お二人、お知り合いだったの?」

彼がついだ酒を一気に煽る。自分たちを見つけて嬉しそうに声をかけた女に返事をする前に、目の前の男に言ってやった。


「誰が許すか。受けて立ってやるよ」


ニーナ(2015/1/20)


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